フィギュアスケートは一見自由に演技をしているように見えて、あらかじめ決められた必須課題を演技の中に組み込み、得点の高さを競う競技。そんなフィギュアのテクニックや衣装にまつわるトリビアをご紹介します。
フィギュアスケートでもっとも見応えがあり、得点でも大きなウエイトを占めるジャンプは6種類、氷上ならではの美しさが光るスピンは3種類、そしてダンスのような足さばきが映えるステップはターン系6種類とステップ系7種類が基本になっています。これらのテクニックには、さまざまな人の名前がついているのも、ほかのスポーツではあまり見られないフィギュアスケートの特徴ですよね。トリノ冬季五輪金メダリストの荒川静香の演技で一躍知られるようになった「イナバウアー」が過去の名選手の名前から取られていることは多くの方がご存じだと思いますが、もちろん、それだけでは終わらないんです。

「イナバウアー」といえば流行語にもなり、大相撲の力士が取組直前に上半身を反らすルーティーンが「〇〇バウアー」と称されたこともありました。しかし、上半身を反らすのがイナバウアーかといえばそれは誤解……。イナバウアーとはつま先を180度開き、前足は曲げて後ろ足は伸ばしたまま滑るトランジション(つなぎ)のテクニックで、荒川静香のイナバウアーは上半身を強く反らすレイバックと呼ばれるテクニックとの合わせ技なんです。ちなみに、イナバウアーとはこの滑走法を初めて演じた旧西ドイツのイナ・バウアーの名前にちなんだもの。

6種類のジャンプの中で唯一前向きで踏み切り、ほかのジャンプより半回転多く回る「アクセル」は、もっとも難度の高いジャンプといわれています。このジャンプを考案したのは、19世紀後期に活躍したノルウェーのアクセル・パウルゼン。実はこの選手、もともとは“スケート界最速の男”と呼ばれたスピードスケートの選手で、アクセルジャンプを成功させた際に履いていたのもスピードスケートの靴だったとか。

安藤美姫が弱冠14歳で女子の公式戦初となる4回転サルコウを成功させたことでも知られる「サルコウ」。踏み切りの際に足がハの字になることが特徴のジャンプで、比較的難度が高くなく、4回転ジャンプに使われる機会も多いものです。考案者はスウェーデンのウルリッヒ・サルコウで、1901年から1911年の間に10回の世界タイトルを獲得した伝説の選手なんです。
前述したサルコウの人柄を表すエピソードをここでご紹介しましょう。サルコウが活躍した20世紀初頭は女性がスポーツをすることが珍しかった時代で、フィギュアスケートの大会も男子のみで争われていました。そんな時代に、イギリスのマッジ・サイヤーズという女子選手が大会には女性の参戦を禁止するルールがないことに気づき、1902年の世界選手権男子シングルに出場し、2位入賞という好成績を残します。このとき優勝したサルコウは「彼女の演技のほうが優れていた」と、自らの金メダルをサイヤーズに手渡したのだそう。その後、1906年に正式に女子シングルが設けられると、サイヤーズは2年連続で優勝。そして1908年、フィギュアスケートが初めて五輪競技となったロンドン夏季五輪では初の女子チャンピオンとなったのです。

美しい選手の演技に色を添えてくれるのが、それぞれの個性が反映された衣装ですよね。スケート技術が進化を続けているように、衣装も時代とともに移り変わっているもの。たとえば、1920年代の女性選手の定番はカシミアセーターにロングスカートで、男子選手はスーツ姿が基本。衣装の一部が氷上に落ちると減点になるルールが設けられる以前は、ハットをかぶる選手も多かったとか。1950年代になると10年連続世界選手権金メダリストで五輪も3連覇したソニア・ヘニーの影響で女子選手のスカートがひざ丈からひざ上丈に変わり、1960年代から1970年代には、透け感のあるシフォン素材やラメなどを使ってデコラティブに装飾した衣装が主流になります。
そんな衣装の進化が頂点に達したのが1988年のカルガリー冬季五輪。旧東ドイツ出身のカタリナ・ヴィットがスカートの代わりに羽をあしらった斬新な衣装で演技を行ったことが物議を醸し、衣装のルールが厳格化されたのです。現在、国際スケート連盟では衣装は控えめで上品なこと、また派手なデザイン、大袈裟なデザインは禁物とされていますが、1990年代までNGだったノースリーブの衣装が過度な露出ではない限り認められているなど、演技や曲の雰囲気に合った衣装選びは尊重されているそうです。ちなみに、男子選手は長ズボン着用が義務でタイツは禁止、女子選手はスカート以外禁止というわけではなく、女子シングルとペアではパンツスタイルもOKなのだとか。

衣装の話でもうひとつ。女子フィギュアの世界では、五輪のときにフリーで“青系の色の衣装”を着た選手が金メダルを獲得するというジンクスがあったのをご存じですか? 確かに近年、金メダルを獲得した女子選手たちは、青系の衣装を身にまとっていることが多かったんです。
4度の五輪で金メダルを獲得した選手全員が青系の衣装で演技に臨んでいました。また、バンクーバーに続く2014年のソチ冬季五輪金メダリストであるロシアのアデリーナ・ソトニコワも、グレーの衣装ではあるものの青みがかった配色だったため、青のジンクスは続いているように思われていました……。が、同じくロシアのアリーナ・ザギトワが2018年の平昌冬季五輪の際、鮮やかな赤の衣装で金メダルを獲得したことから、いまでは「ジンクスは破られた」といわれているようです。次回の五輪ではどんな衣装を着た選手が金メダルを手にするのか楽しみですね。
選手の演技が終わると氷上に多くの花束が投げ入れられるのは、フィギュアスケートでおなじみの光景ですよね。実はこの習慣は海外ではあまり見られず、日本が発祥なんだとか。興味深いのは、投げ入れられる大量の花束がある花屋のものに限定されているということ。普通に売られている花束を氷上に投げ入れることはその“軽さ”から難しく、また花びらが散らばって次に演技する選手に影響が出ないようにと、東京都文京区の老舗花屋が日本スケート連盟から発注を受け、1994年に千葉県幕張で開催された世界選手権時から製作しているといいます。
特注の花束は、水を含んだスポンジを重し代わりに根元に刺すことで投げやすくしているほか、角を丸くした厚手のフィルムで全体を覆うことで、氷上で花びらが散らばらず、万が一、人に当たっても怪我をしないように考慮されているのだそう。花束を投げたときにヒラヒラと美しく舞うようにリボンも巻かれるなど、細かい工夫が凝らされているんです。
フィギュア中継では演技後の選手がTVカメラがセットされたブースにコーチと一緒に座り、得点が出てくるのを待つ姿が見られます。この場所は「キス・アンド・クライ」と呼ばれていますが、これは1983年にヘルシンキで開催された世界選手権で、大会組織委員の一人が「この場所を何と呼べばいいのか」と聞かれ、とっさに出た言葉から広まった名前なのだとか。3月に開催が迫った世界選手権では、このブースでどんなドラマが見られるのでしょう?
参考文献(順不同)
梅田香子、今川知子 『フィギュアスケートの魔力』(文藝春秋)/ワールド・フィギュアスケート 編『よくわかるフィギュアスケート』(新書館)/野口美惠 著、樋口豊 監修『フィギュアスケート 美のテクニック』(同)/荒川静香『フィギュアスケートを100倍楽しく見る方法』(講談社)/村主章枝『フィギュアスケート ここがわかればもっとオモシロイ!』(PHP研究所)/『ケトル VOL.30』(太田出版)/ハーパーズ バザー(ホームページ)/Number Web(同)/日刊スポーツ(同)/読売新聞(同)/産経新聞(同) 等