大量生産による吊しのスーツからファッショナブルなものまで、さまざまなスーツが登場した昭和以降の変遷を辿るとともに、スーツにまつわる小ネタもご紹介します。

昭和に入っても、職人による高価なオーダーメイドが当たり前だったスーツ。穴が開けば一本一本の糸を引き出して縫い付ける“かけはぎ”で直すなど、「一張羅」という言葉がふさわしいものでしたが、高度経済成長期に入ると産業のオートメーション化に伴い、既製品やイージーオーダーのスーツに取って代わられます。ただし、サイズ展開がいまほど豊富でなかった既製品は“身体に合わない安物”と受け取られることもあり、ハンガーにぶら下がっている上着の見た目から “首吊り”なんて物騒な名前で呼ばれていたことも……。しかし、1970年代頃になると郊外型の大型紳士服チェーンが出店を始め、縫製技術の進歩や大量生産による低価格で質の良い“吊し”のスーツが購入できるようになりました。
スーツは仕事着としてだけでなく、若者の間でファッショナブルなアイテムとしても、そのエッセンスが取り入れられるようになります。例えば、1960年代中頃の流行に敏感な若者たち、みゆき族は、ハーバードやイェールなどアメリカ東海岸のアイビーリーグの学生が好んで着ていた「三つボタンのブレザー+ボタンダウンシャツ+細身のコットンパンツ+コインローファー」というスタイルに影響されたアイビーファッションに身を包んでいたそう。また、バブルの時代に入ると、柔らかい仕立てでルーズなシルエットの「ソフトスーツ」が流行。大きな肩パットでダブルブレスト、太めのパンツというデザインは、それまで日本で主流だった英国風スタイルのスーツとは一線を画するものでした。
最近は、豊富なサイズ展開で勝負をしてきた大型紳士服チェーンがIT技術を活用し、アプリを通じて布地やサイズ、仕立てなどを意のままにオーダーできる専門店を出店しています。また、イチからつくるフルオーダーよりも安く、サイズの微調整やデザインの融通が利くオーダースーツを提供する店も増えているのだとか。「Trace」のアンケートでは、「オーダースーツを持っている人」は全体の半数近い44.6%でした。持っている数は「1着」がもっとも多く53%で、「2着」が20%。また「6着以上」も7.6%あり、高度成長期以降、一部の愛好家や既製品では身体に合わない人に利用されていたオーダーメイドのスーツが、新たな時代に入っているともいえそうです。

就職活動の季節になると、街中に増えるのがリクルートスーツに身を包んだ学生たち。皆、一様に同じような色のスーツを着る現象は、いつから見られるようになったのでしょう?
学ランで就活に臨んでいた男子学生がリクルートスーツを着用するようになったのは、1970年代前半といわれています。また、スーツの色については、最近は黒いスーツが目立ちますが、「Trace」のアンケートで年代による傾向が見えてきました。
※複数回答形式のため合計100%超
大学在学中の就職活動と仮定すると、1970年代に就活をしていた60代から1990年代に就活をしていた40代までは、「紺のスーツ」が8割前後を占めているものの、2000年代に就活をしていた30代になると「黒のスーツ」の割合が増え、20代は9割近くを占めています。就活生=黒のリクルートスーツというイメージは、2000年代から定着してきたのかもしれません。
最近では「自分たちの学生はリクルートスーツを着ない」と宣言する大学が出てきたり、「リクルートスーツ非着用で面接時の服装は自由」という方針を打ち出す企業が増えたりしていますが、イギリスでは、一部の特権階級の間で共有されている“掟”を知らない就活生が、企業から締め出されてしまうことが問題視されています。伝統的な銀行員のイメージを重視する金融業界の中には、話し方やアクセント、出身大学のほか、ビジネススーツに茶色の革靴を合わせたり、派手なタイをしめたりしている学生を「洗練されていない」と見なし、どれだけ本人の能力が高くても不採用とする企業があるのだそう……。

真夏のスーツは、着ている本人にとってもそれを目にする人にとっても暑苦しいもの……。日本では2005年に始まった「クールビズ」により、ノータイ&半袖シャツスタイルが普及しましたが、実はスーツ発祥の地・イギリスでは、いち早く夏場に快適なスーツスタイルが存在していたようです。
1920年代末のイギリスで、「暑い夏に長袖長ズボンのスーツをやめよう!」と声を上げたのが「メンズ・ドレス・リフォーム・パーティ(男性服改革党)」なるグループ。男性にとって健康的な服や、服自体の選択肢を増やすことを目指し、医師らによって設立されたこのグループには、当時イギリスの植民地だったインドをはじめ、オーストラリア、南アフリカ、ニュージーランド、そしてカナダなどにもメンバーが点在。服に対する固定観念を壊そうと、いまから考えても斬新な“半袖半ズボン”のスーツなどを提案したといいます。しばらくの活動の後、同党は自然消滅してしまったようですが、もしかしたらその志が日本のクールビズに受け継がれたの……かも?

スーツといえば、つきものなのが着こなしのルール。特にフォーマルな場での礼装は、ルールに沿った装いが求められますが、日本で常識と思われているものが世界から見ると非常識となってしまっていることもあるようです。
礼装の中でもっともフォーマル(第一礼服)なものは「燕尾服(テイルコート)」。一般の人にとってはなかなか馴染みのないものですから、例えば結婚式や披露宴では、新郎新婦の父親が、厳密には準礼服である「モーニングスーツ」をフォーマルウェアとして着る機会があります。ただし、もしも式典が夜に行われる場合、モーニングの着用は間違い。名前の通り、もともとは午前中の礼服とされていますから、夜には「ディナースーツ(タキシード)」を着るのが西欧では常識とされているといいます。
最近はこうした間違いも少なくなり、また、西欧のしきたりを日本にそのまま当てはめることも難しいのかもしれません。とはいえ、頭の片隅に入れておくと、いざというときに恥ずかしい思いをすることもないかもしれませんね。
「Trace」のアンケートによると、「プライベート用のスーツを持っている人」の割合は全体の40.9%で、年代別でみると40代の割合が46%ともっとも多く、50代の25%、30代の24%が続きます。スーツの原型が登場してから350年以上。これからも制服として、そしてファッションアイテムとしてもスーツに親しんでいきたいですね。
参考文献(順不同)
中野香織『スーツの神話』(文藝春秋)/アン・ホランダー『性とスーツ―現代衣服が形づくられるまで』(白水社)/高橋純『「黒」は日本の常識、世界の非常識』(小学館)/服部晋『服部晋の「洋服の話」』(小学館)/AFPBB News 等
出典:(株)マイナビ マイナビニュース 「スーツについてのアンケート」2017年3月 男性300名 (ウェブログイン式)