
テレワークや在宅勤務が広がり、社員の人事評価に頭を悩ませる経営者の方も多いのではないでしょうか。多くの企業にとって在宅勤務の社員を評価するのは初めてのこと。従来の人事評価をどう変えればよいのか——人事評価サービスを提供する「あしたのチーム」の高橋恭介さんに、テレワーク時代の人事評価の考え方について聞きました。
1995年頃から日本の大企業を中心に実施されてきたのが、「目標管理型」の人事評価です。この背景にあるのが日本型雇用による働き方。終身雇用を前提として、年功序列、学卒一括採用のもとで、目標達成度に対して評価がなされてきました。しかし、この目標設定の基準はあいまいで、なんとなく目標設定し、なんとなく評価してきたのが実情。結果として、評価と報酬も連動せず、成果よりも年次によって報酬が支払われてきました。
つまり、名前こそ目標管理型ですが、実際のところ目標はあってなかったようなもの。時間と場所の制約がない環境で、あいまいさの美徳のもとで人事評価が実施されたと言えるでしょう。
これまで日本の多くの企業が取り入れていた経営では、職務が明確化されず、成果という物差しがありませんでした。在宅勤務が導入されたいま、従業員は何をしたら評価されるのかが全くわからないままでいます。一方、経営層にとっては突然、テレワーク時代に突入し、社員が会社にいない状態になりました。そこで何が起きたかというと、これまでと同じようなマネジメントができないかと旧来の物差しに当てはめようと試行錯誤してしまうこと。代表的なものが監視ツールの導入です。目の前で働いているという安心感が得られないため、「仕事をしていないかもしれない」という猜疑心が先行し、そうした対応になってしまったわけです。しかし、それでは何も問題解決にならないのは明らか。テレワーク時代には、こうした現状を変えていかなくてはなりません。
これまでの日本のメンバーシップ型の経営は、いわゆる「背中を見て学べ」。例えば、在宅勤務ではオンラインミーティングがありますが、上司や先輩の背中は見えるわけがありませんし、何の価値もありません。通常の業務もそうですが、会社にかなりの裁量権があって、有給も残業もさらには転勤すら紙1枚で通達されることがまかり通ってきました。終身雇用が前提になっているので、従業員は滅私奉公することで給与を得ていたのです。
しかし、一緒に働く場所と時間がなくなったとき、目標管理型の人事評価は、一切通用しません。多額のお金を投じて監視ツールの導入に踏み切った会社は、従業員は「さぼっているのではないか」という性悪説をもとにした考えに支配されています。これでは従業員と経営者の信頼関係が築けません。会社はお互いを信頼し、自立した関係性のなかでともにゴールを目指すのが本来のあり方。お互いのエンゲージメント(約束、愛着心)のなかで人事評価する方法が求められています。
テレワーク時代の人事評価は、同じ空間や時間を共有していなくても、従業員にとって納得感のあるものでなくてはなりません。つまり、成果とは何かという物差しを作るために目標設定をし、意味のある面談、意味ある評点、そして報酬連動が図られるべきなのです。
これまでは集団管理のなかで上意下達のコマンドコントロールが実行されてきましたが、これからは個別管理型へと移行していく必要があります。これは一人ひとりの職務(ジョブ)を定義づけていくこと。つまり、ジョブ型の人事評価といえます。
こうした考えは、日本でも終身雇用による年功序列が崩れ、転職が当たり前になった段階で、5〜10年単位で移行していくべきことでした。しかし、今回のテレワークが始まったことで半年以内にこのシステムに移行することが余儀なくされています。これは多くの会社にとってかなりのパラダイムシフトです。しかし、いつかはやらなくてはならないこと。経営者の手腕が問われる過渡期を迎えています。
これからの人事評価には、ジョブ型として職務と成果を明確化する必要があります。とはいえ、メンバーシップ型の日本的な経営のなかでこれを実施しようとしても、結局は個人の目標があいまいになりがちです。そこで提案したいのが、「プライベートジョブ型」。 これは、部署やチーム単位で職務や目標まで設定する方法です。これまでは、例えば営業チームで売上目標を立てて、それに対する達成度を評点にしてきましたが、それでは十分とはいえません。経営層にとっては、かなり細分化した目標を設定するところまで成果を落とし込むことが求められます。小手先の目標設定ではテレワーク時代は乗り切れません。どこまで従業員の立場にブレイクダウンできるか、人事評価でその真価が問われています。
目標設定の一例として、あるテレワーク総務Aさんの目標設定方法を考えていきましょう。今回、会社全体として1億円の売上アップが目標として設定されたとします。総務部でできることを考えて、2000万円のコスト削減を目標に掲げました。
2000万円のコスト削減は総務部全体の目標です。このなかには、外注する人件費もあれば残業代もあり、情報システムにかかる費用もあります。まずはこのうち、総務部のスタッフが関わって削減できる項目をピックアップ。備品管理、消耗品代、コピー料金、水道光熱費、社員および外注で発生する移動交通費が対象となりました。
次にピックアップされたうち、Aさんの職務担当の範囲を絞ります。Aさんの通常の業務から考えて、コピー代と水道光熱費のエアコン代の振り分けが決まりました。
担当の振り分けが決まったら、総務の2000万円のうちAさんの担当範囲のコスト削減目標額を設定します。Aさんと話しあった結果、月5万円・年間60万円の目標額に決まりました。
Aさんと話しあった結果、月5万円・年間60万円を達成するためのプロセス目標は次のとおりになりました。
ここまで職務と目標を因子分解して、「そのために」を合言葉にブレイクダウンしていくのが、プライベートジョブ型の人事評価の目標設定です。
上述のAさんの目標額とプロセス設定は、かなり明確に決められていました。人事評価するときは、この目標額とプロセスを情報開示し、会社のルールに基づいて評点を決めていきます。つまり目標達成度がどれくらいだったかで評価すればいいわけです。プライベートジョブ型の人事評価のポイントは、目標設定の細分化にあります。目標設定は、個人でできるものではなく会社側のサポートが必要です。全社に横断的なフレームワークをつくり、一人ひとりの職務や目標にまでアジャストすべく、経営者が従業員の視点に立つ必要があります。
プライベートジョブ型で用いた目標設定と取り組みプロセスは、社員一人ひとりに落とし込まれているはずです。これまでのように上意下達であいまいな目標が示されるわけでなく、自分の働く目標も評価も明確になっているため、やる気のある人ほど、モチベーションは高くなるはずです。もちろん、目標が達成できたら、ボーナスなどのインセンティブもしっかりと支払いましょう。目標設定とプロセスの細分化は、社員と組織の成果を上げるうえでも、しっかりと効果を発揮してくれるでしょう。
テレワーク時代は、人事評価にもIT技術を活用するのも1つの方法です。あしたのチームが提供するサービス「あしたのクラウド」は、目標設定と人事評価について、社員と上司で申請と修正の流れができるようになっています。目標設定に対しては、AIによる自動添削機能があるのが特徴で、自分の考えた取り組みを上司に判断してもらう前に具体的に向き合うことができます。クラウドなので、過去の変遷も見られますし、会社が情報を開示すれば他社のしくみのシェアリングもできます。人事評価をより見える化することが可能です。
自分の仕事の目的が会社の目的のどこに繋がっているかを1階層もしくは2階層上の視点でとらえると、日々の仕事にやりがいが出てくるはずです。
「3人のレンガ職人」の話に例えて説明しましょう。あるとき旅人が歩いているとレンガ職人に出くわしました。「何をしているのですか?」と尋ねると、「レンガを積んでいるのさ」と答えました。しばらく歩くと、また別のレンガ職人がいたので同じ質問をすると、「大きな塀を造っているんだよ」と答えます。さらに行くとまた別のレンガ職人に出会ったので、同じことを尋ねると、「歴史に残る立派な大聖堂を造っているんだ」と答えました。
1人目のレンガ職人は何の目的もなくレンガを積み、2人目は塀を造るという目的を持ち、3人目は立派な教会を作るという目的に基づいて仕事をしています。2人目のレンガ職人が1つ上の階層、3人目のレンガ職人は2階層上の目的を意識しているわけです。
テレワークでも自分たちの一歩先にある目的を意識し、会社の業績や発展にどう寄与しているのかを考えると、職務に対する受け取り方も変わってきます。それがすなわち、活躍できる人材になれるかどうかのポイント。ぜひ、こうした思考を身につけてみてください。
株式会社あしたのチーム代表取締役社長/1998年、興銀リースに入社。2002年にブライダルジュエリーのベンチャー企業プリモ・ジャパンに入社し、会社の成長期に副社長として人事に関与。2008年にあしたのチームを設立。「ゼッタイ!評価」「あしたのクラウド」「あしたの履歴書」などの人事サービスを提供し、導入企業3000社超の人事評価サービスNo.1企業を築いている。