ここでは世界各国のトイレにまつわる雑学を集めてみました。昔のフランスではトイレのことを何と呼んでいたかご存じですか? そこには日本人にも通じる人間心理が見え隠れしているようです。
「便所」「お手洗い」「化粧室」など、さまざまな呼び方が存在するトイレ。外国におけるトイレを指す言葉の変遷にも、なかなか興味深いものがあります。
イギリス人ジャーナリストのローズ・ジョージの著書『トイレの話をしよう』(NHK出版)によると、昔のフランスではトイレのことを「英国風なところ」を意味する”lieux à l'anglaise”と呼んでおり、その後、英語の”water closet”の頭文字を取った“WC”を使うことが一般的となったそう。一方のイギリスでは、フランス語で「小さな布」を意味していた”toilette”という言葉を借りて、トイレのことを”toilet”と呼ぶようになったといいます。
考えてみれば「トイレ」という日本語も、英語の”toilet”が語源。日本でも世界でも、トイレの呼び名となると、ほかの国の言葉を使って表現をぼかすものなのかもしれません。

カップルで道を歩いているとき、男性は車道側を歩くのがマナーと心得ている方は多いはず。これは、「車などの往来から女性の身を守るため」と説明されていますが、実はこの慣習の誕生に、トイレが深く関わっているんです。
女性を大切にする騎士道精神が生まれた中世ヨーロッパの都市の各家庭には、現在のようなトイレがなく、その代わりにおまる(御虎子)が使われていました。おまるの“中身”は定められたところに捨てるという決まりがあったものの、共同住宅の2階以上に住む住民の中には、道路に面している窓からその中身を投げ捨てる不届き者が多くいたのだそう。
つまり、当時の男性が建物側に女性を歩かせていた理由は、上空から降ってくるかもしれない“中身”から自分の身を守るためだったようです。汚物が降ってくることを心配してこうした行動を取る男性は、いまでこそ絶滅しているでしょうが、実に身勝手な男性心理がレディ・ファーストには隠されていたんですね……。

前ページでご紹介した温水洗浄便座のように、世界でも類を見ない進化を遂げている日本のトイレですが、女性にはおなじみのトイレ用擬音装置も、日本が生んだユニークなトイレグッズといえます。
男性読者の中にはなじみがない方がいるかもしれませんが、これは用を足すときの排泄音が気になる女性の悩みを解消するため、1988年にTOTOから発売された「音姫」に代表される装置のこと。トイレの洗浄音を流すことで恥ずかしさを隠すことができる上、排泄音を消そうと無駄に流していた水の節水効果もあり、スマートフォン用アプリも登場するほど現代の女性に欠かせないものとなりました。
そんな擬音装置ですが、実は江戸時代にすでに存在していたのだそう。当時の女性のあいだでもトイレで音を立てることははばかられていたようで、身分の高い女性は水を貯めた壷にある栓をひねると水がチョロチョロと出る「音消し壷」と呼ばれる道具を使って、用を足す音をごまかしていたといいます。

超高齢社会を迎えた日本では、身体が思うように動かない高齢者に向けた新しいコンセプトのトイレが次々と登場しています。大がかりな工事を必要とせず、自宅のベッドサイドに設置できる水洗トイレや、防臭効果のある専用フィルムで排泄物を個包装することで、水を必要としないポータブルトイレなどさまざま。さらに、トリプル・ダブリュー・ジャパンというベンチャー企業からは、排泄を自分でコントロールできなくなった高齢者や病人を対象に、マッチ箱程度の大きさのウェアラブル端末を下腹部に貼ることで、排便・排尿の時間を予測できる「DFree」というガジェットも開発されているんです。先進国を中心に高齢化が急速に進むいま、トイレにまつわる日本のものづくりが、世界のトイレ問題を解決してくれるかもしれませんね!
私たちの生活や文化と切っても切れないからこそ、トイレにはさまざまなエピソードが転がっているもの。「トイレについて考えることは文化を考えること」とは文化人類学者のスチュアート ヘンリ氏の言葉ですが、みなさんもあの個室空間の中でひと息つきながら、トイレのこと、そして私たちの文化について思いを巡らせてみてはいかがでしょうか。
参考文献(順不同) スチュアート ヘンリ『はばかりながら「トイレと文化」考』(文藝春秋)、黒崎直『水洗トイレは古代にもあった』(吉川弘文館)、ローズ・ジョージ『トイレの話をしよう 世界65億人が抱える大問題』(NHK出版)、マリトモ『ニッポンのトイレほか』(アスペクト) ほか