
2020年、マンガ市場の推定販売金額が、これまでピークとされていた1995年を初めて上回りました。1995年といえば『週刊少年ジャンプ』が653万部という空前絶後の発行部数を記録した年。それを上回る規模となった背景には、紙のマンガ誌やコミックスの売り上げを超えて急成長する電子コミックの存在があります。マンガの表現や読み方までも大きく変えつつある電子コミックの変遷を、今月の「Trace」では辿ってみました。
「紙で読む」が当たり前だったマンガがデジタルで読まれ始めたのは1990年代後半のこと。ウェブ上の書籍をオンライン決済で購入し、パソコンにダウンロードして読む電子書籍の配信サイトが日本でもスタートし、1998年1月に「電子書店パピレス」が松本零士『宇宙戦艦ヤマト』をはじめとした11タイトル27巻をダウンロード販売したことが世界的にも初の試みだったそう。
複雑な階調を持つ原稿をモニター上で忠実に再現し、ルビを読みやすくする、ファイルサイズを最適化するといった技術を確立した同サービスですが、当時は高速・常時接続・定額通信料金のブロードバンドの登場以前。ダウンロードに「毎秒3万3600ビットのモデムで15分程度」かかるとあって、通信料金や手軽さの面では、まだまだ紙のコミックスに分があったようです。
電子コミック市場が本格的に拡大し始めるのは2000年代中頃です。携帯キャリア各社が3Gケータイやパケット定額制を導入し、通信速度や料金を気にせず作品をダウンロードできる環境が整ったこと、さらに出版社やコンテンツプロバイダによって作品の供給が充実したことで、「ケータイでマンガを読む」というスタイルが若い世代を中心に広まりました。
現在も日本最大級の電子コミック・書籍ストアとしてサービスを提供するNTTソルマーレ「コミックシーモア」が、2004年8月に前身となる「コミックi」でドコモ向けのサービスを開始すると、翌年には他キャリアにもサービスを拡大。『サラリーマン金太郎』『俺の空』など本宮ひろ志の代表作をはじめ、新旧の名作を次々と配信し、サービス開始から1年半弱の2006年1月にはケータイコミックの1000万ダウンロード、9月には5000万ダウンロード、そして2009年4月には5億ダウンロードを達成する急成長を遂げました。電子コミックの急拡大とともに電子書籍の配信サービス自体も爆発的に増加し、一時期は400社以上がシェアを争っていたとか……。
ケータイコミックの市場は2011年を境に頭打ちとなりますが、その前年は“電子書籍元年”。スマホやタブレット、専用リーダーで電子コミックを楽しむ現在のスタイルが形成される胎動期でもあります。その後のマンガアプリの登場と急速な普及はマンガとの接点を大きく変え、紙のマンガ誌やコミックスが果たしていた役割を担い始めるようになったのです。
見開きを前提に右上から左下へと読み進める、私たちが慣れ親しんできたマンガの表現方法にも大きな変化が訪れています。それが、スマホでの読みやすさを考慮して描かれた「ウェブトゥーン」の出現です。
従来型のマンガをスマホで読もうとすると、細かなセリフや描写は拡大しなければわかりにくいこともありますが、ウェブトゥーンは縦方向にスクロールしながら読むことを前提にコマ割りされているため、スマホで読み進めやすいところが大きな特徴です。また、基本的に作品はフルカラーで、文字の配置の自由度が高く、翻訳にも適していることから、世界的には電子コミックの“デファクトスタンダード=事実上の標準”になりつつあるとか。
「最初の何巻は無料」といった読み放題サービスをきっかけに人気が再燃して紙のコミックスで重版がかかったり、長年単行本化されなかった作品が大ヒットしたりと、デジタル化以前にはない効果も現れている電子コミック。その入口となるマンガ配信サービスやアプリの数は、今や100以上になるとも。主要サービスをここで見ていきましょう。
2004年8月スタート。コミックに限らず文芸・小説、ビジネス・実用書、ライトノベル、写真集も配信する、NTTソルマーレ運営の国内最大級の電子コミック・書籍配信サイトで、取り扱い冊数は2021年6月30日時点で80万冊以上、うちコミックは48万冊以上を配信しています。閲覧期間を限定して、比較的安価で作品を楽しめるレンタルや読み放題サービスを提供しているのも特徴です。
2013年4月スタート。累計ダウンロード数は3000万を突破し、取り扱う作品も約43万点と豊富なラインナップで日本最大のマンガアプリとなっています。各出版社の作品から、出版社とタッグを組んだ独占配信作品、LINEマンガ編集部や韓国のNAVER WEBTOONによるオリジナル作品まで配信中。
2016年4月スタート。カカオジャパンの運営で、LINEマンガに次ぐ規模のマンガアプリとして急成長を遂げています。24時間待てば続きを無料で読むことができる「待てば¥0」という仕組みでユーザーを増やし、気に入った作品は後に購入する好循環を生み出したとも。ウェブトゥーンの人気作も多数配信しています。
2014年9月スタート。集英社運営で、いわゆる出版社系アプリの中でもっともユーザー数が多く、電子版の『週刊少年ジャンプ』やコミックス、1話単位の配信も行っています。サービス開始当初からオリジナル作品にも力を入れ、近年はアプリ発の遠藤達哉『SPY×FAMILY』や松本直也『怪獣8号』が大ヒット。特に『SPY×FAMILY』は紙のコミックスでもシリーズ累計発行部数が800万部を超えるほど! 集英社は2018年11月に同社初の女性向けマンガアプリ「マンガMee」もリリースし、こちらでは女性向けマンガ誌や過去の名作、オリジナルの連載マンガを多数配信しています。
2014年12月スタート。アプリに先駆けて、2012年から小学館が提供していた電子コミック配信サイト「裏サンデー」のオリジナル作品や小学館発行の名作マンガ、オリジナル作品などを配信。アプリのダウンロード数が1000万を突破した2017年には、手塚治虫の名作の数々を配信したことでも話題になりました。オリジナル作品のアニメ化も相次ぐほか、他の大手出版社系アプリと異なり、男性・女性向けを問わずに作品を配信しているのも特徴です。
2015年8月スタート。講談社『週刊少年マガジン』や『別冊少年マガジン』の名作や連載作品を読めるアプリとして始まり、オリジナル作品も多数配信しています。2021年初頭には『週刊少年マガジン』の人気ボクシングマンガ『はじめの一歩』(森川ジョージ)が60巻分無料という大キャンペーンを行い、ユーザー拡大に拍車をかけました。集英社同様、同社も2018年8月から女性向けマンガに特化した「Palcy」を手がけています。
ツイッターやPixivを発信源としたウェブマンガのように、自らのアカウントで公開した作品が話題を呼び、出版社から単行本が刊行されたり、映画化につながったりするケースも珍しくなくなりました。手軽に自作を発表できる場が広がり、従来と異なる文脈から名作が生まれる機会が増えた今、自信作を気軽に投稿・公開できるサービスを設けてランキング上位者には連載の機会を与えたり(「少年ジャンプ+」の「ジャンプルーキー!」)、プロの編集者と共に連載やアニメ化を目指すマンガ賞(同「MILLION TAG」)の新設など、マンガアプリ上でも新たな発表の場が誕生しています。かつて新人マンガ家の登竜門といえば、主要マンガ誌が主催するマンガ賞が定番でしたが、電子コミックの浸透は、こうした新人発掘の場にも大きな影響を与えていきそうです。
少年誌、少女誌、男性誌、女性誌……とあらかじめターゲットが絞られがちな紙媒体と違って、普段は手に取らない作品と出合う確率も高い電子コミック。しばらくマンガを読んでないなんて方は、手頃なアプリをスマホにインストールして、お気に入りの作品を探してみるというのもアリですね。
参考文献(順不同)
日本電子出版協会『電子出版クロニクル 増補改訂版〜JEPA(日本電子出版協会)30 年のあゆみ〜』(日本電子出版協会)/『日経エンタテインメント! 2021年7月号』(日経BP)/『創 2021年5月号』(創出版)/『サイゾー 2020年1月号』(サイゾー) 等
[協力]エヌ・ティ・ティ・ソルマーレ株式会社(コミックシーモア https://www.cmoa.jp/)