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日本の缶コーヒーはすごい!
vol.130

気軽にほっとひと息
日本の缶コーヒーはすごい!

喫茶店や専門店で飲むものだったコーヒーが、仕事や作業の合間に気軽に飲めるものになったのは缶コーヒーの誕生が大きく貢献しています。そこで、日本で生まれた缶コーヒーのルーツや変遷を調べてみました!

日本初の缶コーヒーはヨーロッパ展開を目指して誕生

 缶コーヒーのルーツは昭和30年代にまでさかのぼります。文献で確認できる最古の缶コーヒーは、大阪の外山食品が1958(昭和33)年の年末に業界紙上で発表した「ダイヤモンドコーヒー」。ただ、翌年から出荷が予定されていたものの、実際に販売されたかどうかは記録が残っていないそう……。
 また、1959(昭和34)年には明治製菓が「コーヒードリンクス」を関東地方で試験販売したものの、すぐに発売が中止されたとも。当時の製缶技術では銅板にスズをメッキする際にムラができて小さな穴が開き、コーヒーが銅板を腐食させてしまう不具合が生じやすかったことが、製品化がうまくいかなかった理由のようです。
   その後、缶コーヒーの開発に乗り出したのが、戦前からコーヒーに耽溺し、島根県浜田市で喫茶店を営んでいた三浦義武でした。各界の著名人から好評を得ていた独自の濃厚コーヒーをヨーロッパに輸出することを熱望していた三浦は、浜田にたくさんあった魚の缶詰工場が夏場は操業を休止することに着目し、コーヒーを缶に入れようと発想。製缶メーカーの協力のもと腐食しにくいスチール缶を開発し、コーヒーの風味を損なわない低温殺菌を施して、2年間の品質チェックを経て商品を完成させます。
 三浦の「ミウラ」と奇跡の「ミラクル」をかけて名付けられた「ミラ・コーヒー」は、1965(昭和40)年9月に日本橋三越で販売をスタート。200ml80円の缶コーヒーの売れ行きは上々で、関西の百貨店や駅の売店などにも展開されたそうです。

飲み物といえば「瓶」の時代に気軽に飲めるコーヒーを

 資金繰りなどの問題から「ミラ・コーヒー」は約3年で市場から姿を消してしまいますが、入れ替わるように登場したのが上島珈琲(現UCC上島珈琲)の「UCCコーヒー ミルク入り」でした。全国的に普及した日本初の缶コーヒーと呼べる商品が生まれたのは、創業者の上島忠雄が遭遇したある出来事がきっかけでした。
 今と違って清涼飲料の容器は売店に返却、詰め替えして何度も使用するリターナブル瓶がほとんどだった時代、駅の売店で瓶入りのミルクコーヒーを飲んでいた上島は、思っていたより早く列車が出発することになり、飲み残した瓶をあわてて売店に戻して列車に飛び乗ったそう。それが心残りだった上島は、回収や洗浄が必要で破損の恐れもある瓶ではなく、缶にすればいつでもどこでも気軽にコーヒーが飲めると思いつき、缶コーヒーの開発に着手したそうです。
 1969(昭和44)年、満を持して発売した「UCCコーヒー ミルク入り」は、当初は売れ行きが芳しくなかったものの、1970(昭和45)年3月に始まった大阪万博の飲食店やパビリオンで販売したところ夏場に注文が殺到。日夜工場を稼働させても生産が追いつかないほどの人気を呼び、これをきっかけに他社も缶コーヒー市場へ続々と参入しました。

「缶コーヒー」にもいろいろある?

 缶コーヒーの容器には「コーヒー」「コーヒー飲料」「コーヒー入り清涼飲料」などと記載されています。これは「コーヒー飲料等の表示に関する公正競争規約」で定められているもので、使われている焙煎豆やエキスを生豆に換算した使用量によって分類されています。

 ちなみに乳固形分を3%以上含む場合は「飲用乳の表示に関する公正競争規約」によって「乳飲料」と記載されるため、「UCCコーヒー ミルク入り(現UCCミルクコーヒー)」は缶コーヒーでも乳飲料に分類されています。

自販機のホットドリンクは缶コーヒーから生まれた!

 寒い時期には温かい缶コーヒーが恋しくなるものですが、実は今、私たちが自販機で気軽にホットドリンクを買うことができるのも缶コーヒーのおかげなんです。
 世界で初めての温冷切り替え式の自動販売機を開発したのは「ポッカコーヒー」でおなじみのポッカレモン(現ポッカサッポロフード&ビバレッジ)。もともと「ポッカコーヒー」は創業者の谷田利景が名神高速道路を社用車で走っていたところ、車の中で気軽に温かいコーヒーを飲むことができないかとひらめいたことが誕生のきっかけでした。
 清涼飲料は冷やして飲むもので、徐々に普及していた自販機も冷たい飲料しか扱えなかった時代に、同社は自販機メーカーの三共電器(現サンデン)と温め機能付きの自販機を共同開発。「ポッカコーヒー」誕生の翌年、1973(昭和48)年にスイッチひとつで冷温を切り替えられる自販機の開発に成功すると、冬場は売り上げが下がるのが常だった清涼飲料の売り上げの安定など市場拡大に大きく貢献しました。
 「ポッカコーヒー」といえば男性の顔のイラストを使った印象的な缶のデザインも特徴。誕生当時のデザインは、若い男女数人が楽しそうに踊っている様子の線描画でしたが、冷温兼用の自販機で販売を始めるにあたって「コーヒーはアメリカ文化」「若者の缶コーヒー」ということを強調するためにイメージを刷新し、マイナーチェンジを繰り返しながら現在も続く「顔缶」が誕生しました。

缶コーヒー、百花繚乱の時代へ

 1970年代から80年代にはさまざまな飲料メーカーが缶コーヒー市場に参入。特に1975(昭和50)年に誕生した日本コカ・コーラの「ジョージア」は、1986(昭和61)年に缶コーヒー売り上げナンバーワンを獲得すると、同社の圧倒的な知名度と自販機の増大でもっとも支持される缶コーヒーブランドのひとつとなっています。
 一方で、多くのメーカーやブランドが台頭した時代だからこそユニークな商品も生まれるもの。実際のコーヒー豆を缶に入れて自販機で温められることで味を抽出する「ビーンズパックコーヒー」(カネボウ)や、烏龍茶とコーヒーをかけあわせた「烏龍珈琲」(森永製菓)、「コーヒーチューハイ」(宝酒造)や「コーヒーHi」(協和発酵)といったアルコール飲料まで登場したとか。

「無糖」「微糖・低糖」の違いは?

 食品表示法の食品表示基準によって、飲料100mlあたり糖類0.5g未満の場合は「無糖」、糖類2.5g以下の場合は「微糖・低糖」とされます。なお、従来品や日本コーヒー飲料協会が策定した基準と比較して2.5g以上糖類が低減されていれば、その量や割合を「◯%減」などと具体的に記載することで「微糖・低糖」と表示することもできるそう。また、糖類、乳製品、乳化された食用油脂を使用していないものは「ブラック」と表示できます。

バブル崩壊後の日本で「働く人々」の相棒として

 ポッカと並ぶ「顔缶」の代表格といえば、パイプをくわえた髭面の男性の顔がデザインされたサントリーの「BOSS」でしょう。1992(平成4)年に発売された「BOSS」は、新しい飲料商品の開発期間は6〜8カ月程度が一般的だった当時、企画開発や宣伝、デザインといった専門分野の垣根を超えた商品開発チームによって20カ月もの期間をかけて開発されたといいます。
 主流だった250mlより少量でちょっとした休憩時に飲みきれるサイズ(190ml)を主力商品に据え、「甘さ控えめ」な風潮がある中でしっかり甘さを主張したのも、長時間運転をするドライバーや工場、建築現場で働いているような缶コーヒーのヘビーユーザーの「相棒」を目指したからこその結果。矢沢永吉が働く男=冴えないサラリーマンに扮するテレビCMも、それを届けるべきユーザーがテレビを見られる時間帯に合わせて集中的に流されたそう。
 街中で見かけるサントリーの自販機は青色が基本ですが、これは1998(平成10)年に缶コーヒーの重要な販売チャネルである自販機をすべて「BOSS」の基調カラーに合わせて装飾したものが現在も続いているそうです。

「時間軸」を着眼点に大ヒット商品が誕生

 商品のパッケージやラインナップを変更し、ブランドイメージは維持したまま新鮮な印象をユーザーに与えることは缶コーヒーの世界の常套手段ですが、「朝専用」という時間軸をコンセプトに開発され、話題を集めたのがアサヒ飲料の「ワンダ モーニングショット」です。
 「朝専用缶コーヒー」という従来にない切り口は、商品開発のための市場調査で缶コーヒーがもっとも飲まれる時間帯が午前中に集中していることから見出されたそう。「朝の気つけの1杯をショット感覚で楽しむ」をキャッチコピーに2002(平成14)年に販売を始めると、発売1週間で100万ケース、3カ月で500万ケースと爆発的な売り上げを見せ、不振が続いていた同社の業績回復のきっかけにもなったといいます。

コロナ禍でも強かったアニメや映画とのコラボ缶

 2010年代も後半になると、コンビニカフェやペットボトルコーヒーの登場で缶コーヒーを取り巻く環境にも変化が見られましたが、缶コーヒーの各ブランドは人気アニメや映画などとコラボしたデザイン缶のプロモーションを盛んに展開します。特に2020(令和2)年に人気アニメ「鬼滅の刃」のキャラクターをあしらったダイドードリンコの「ダイドーブレンド」は通称「鬼滅缶」と呼ばれ、自販機やコンビニなどでも売り切れが続出。従来のヘビーユーザーだけでなく、普段は缶コーヒーを手に取らなかったような人たちも購入し、1億円を売り上げる大ヒットとなったのは記憶に新しいところです。

コーヒーといえば「ホット」が主流で、缶コーヒーがなかなか根付かなかったアメリカでも、最近はコールドブリュー(水出しコーヒー)の浸透や、人気カフェチェーンの缶コーヒー事業参入などによって、徐々に缶コーヒー文化が広まっているといいます。とはいえ、味わいの豊かさや価格、入手しやすさなどで日本は圧倒的な世界一。コーヒーの飲まれ方が多様化する中で、これからも私たちのほっとひと息を支えてほしいですね。

参考文献(順不同)
神英雄『三浦義武 缶コーヒー誕生物語』(松籟社)/串間努・久須美雅士『ザ・飲みモノ大百科 昭和B級文化論』(扶桑社)/谷田利景『成功は缶コーヒーの中に』(プレジデント社)/山崎幹夫『缶コーヒー風景論』(洋泉社)/高橋賢藏『缶コーヒー職人』(潮出版社)  等

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