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ニッポンの食パン
vol.108

朝ごはんといえばこれ!
ニッポンの食パン

イギリスで18世紀後半に原型が作られた食パンは、今や日本の食卓に欠かせない主食です。どんなふうに普及したのか、食パンをおいしく食べるために欠かせないアイテムのトリビアとともにご紹介します!

イギリスから開港間もないヨコハマへ

 そもそも食パンの原型となる“山型のイギリスパン”が誕生したのは18世紀後半のこと。都市部の人口が増加し、パンの需要が拡大して大量生産が必要になったことや、産業革命で燃料が薪から石炭に変わり、石炭を燃やせるようにパン窯に改良が加えられたことがきっかけでした。
 下段に入れた石炭で上段のパンを焼く新たなパン窯は、内部も従来の楕円形から箱型となり、その空間を有効活用できるように、パンの形状も丸い直焼きパンからブリキの四角い焼き型に入れて焼く、上部が山のようにふくらんだイギリスパンになったそうです。
 イギリスパンは1862(文久2)年、開港間もない横浜でイギリス人のロバート・クラークが開業した「ヨコハマベーカリー」(現ウチキパン)で船員や外国人居留地向けに売られるようになり、これが日本の食パンのルーツとなります。ちなみに「食パン」という呼び名は日本独自のもの。“主食用のパン”を略した、絵画の木炭デッサンで消しゴム代わりに使うパンと区別するために生まれたなど、語源には諸説あります。

子どものお腹を満たしたパン食

 お米が主食の日本の食卓にパン食が浸透するきっかけになったのが小学校の学校給食です。大正時代に本格的に始まった学校給食は、第二次世界大戦下の食料不足によってほとんどの学校で中止されたものの、戦後、発育途上の児童の健康状態を改善するために再開されると、米不足やアメリカ産小麦の輸入の影響でパン食が基本となりました。
 当初はコッペパン、やがて食パンも登場し、1970年代には米食が再開されますが、給食でパンや洋食に親しんだ子どもたちが大人になり、食生活の多様化やライフスタイルの変化も相まって、パンは米・麺類と並ぶ日本人の主食のひとつに。特に通勤や通学で忙しい朝食は、白いごはんと比べて準備に手間のかからない食パンを食べるという人も増えました。

コンビニも専門店も高級志向に

 1990年代以降はコンビニエンスストアの普及もあり、いつでも手軽に食パンを手に入れられるようになりました。そんなコンビニ発の食パンで、現在の高級食パンブームの発端ともいわれるのが、セブン-イレブンが2013年4月に販売を始めた「金の食パン」です。
 1斤数十円で特売されることも珍しくない食パンですが、金の食パンは2枚入りの厚切りが125円、6枚入りは250円(ともに当時)という価格設定ながら品質へのこだわりが評判となり、発売から2カ月で販売個数720万個を突破。同社のプライベートブランド商品の中でも屈指のヒット作となったそうです。
 実は2013年は高級食パンの人気店が相次いでオープンした年でもあります。東京・渋谷の人気パン屋の食パン専門店として銀座で開業し、ブームの火付け役とされる「セントル ザ・ ベーカリー」や、耳までやわらかく生で食べてもおいしい食パンを売りに大阪・上本町で開業し、今や全国で店舗展開する「乃が美」も同時期のオープンなんです。

先駆者は戦前の創業?

 ブームが起こるはるか前からこだわりの食パンを作り続けているのが、1942(昭和17)年に東京・浅草で創業した「パンのペリカン」。ホテルや喫茶店への卸売りを中心に、食パンとロールパンしか作らないという実直なパンづくりで行列のできる有名店となり、ドキュメンタリー映画も製作されたほど。お店がある台東区のふるさと納税の返礼品としても大人気で、高級食パンブームの先駆者といえるかもしれません。

食パンの相棒、その誕生は?

 表面がサクッとした食パンを食べたいときに欠かせないトースター。19世紀のイギリスでは、フォークに突き刺したり焼き網に乗せたりして、暖炉の火でパンをトーストしていたそうです。今では当たり前の調理家電・電気トースターの誕生は1905年。アメリカ・イリノイ州の発明家、アルベルト・マーシュが高熱に長時間耐えられる電熱線(ニクロム線)を開発したことから、この技術を用いた電気トースターが作られるようになりました。
 パンが焼き上がると自動的に跳ね上がるポップアップトースターが考案されたのは、しばらく後の1921年。ミネソタ州の機械工、チャールズ・ストライトが垂直方向にトーストを跳ね上げるスプリングと調節タイマー付きの電気トースターの特許を取得。「傍で見張っていなくてもトーストは黒焦げにはなりません」を宣伝文句に売り出し、一躍ヒットとなったそうです。

関西は厚切り人気、その背景とは

 食パンの好みは、味はもちろん、“何枚切り”かどうかでも分かれるもの。地域によって何枚に切るかはさまざまで、例えば関東では6枚切りや8枚切り、関西では5枚切りが好まれるといいます。もともと食パンは全国的に8枚切りが主流で、1960年代以降はおいしさをより伝えやすい6枚切りの販売に力を入れるようになったそうです。
 では、なぜ関西で厚めに切った食パンが人気になったのか。“粉もん文化”の地でもっちりした食感に親しみがあるからという説や、あんパンのような間食やサンドウィッチとしてパン食が普及した関東と異なり、関西ではホテルやレストランでの食事としてパン食が広まったことが影響しているなど諸説あります。
 ちなみに、食パンを数える単位である「斤」は唐(中国)から入ってきた重さの単位で、1斤は160匁(約600g)に当たりますが、食パンの場合はイギリスなどで使われていたポンドを「英斤」と呼んだことがルーツ。はじめは約450gでしたが、パンの重さは製法などによってバラつきが生じるため、国内の製パン業界では1斤340g以上と定めています。

もともとはリンゴの袋詰め用でした

 食パンをおいしく食べるために欠かせないモノといえば、乾燥や湿気から食パンを守ってくれる“袋の留め具”もその一つ。中央に穴が開けられたプラスチック製の小さな板は「バッグ・クロージャー」と呼ばれ、1954年にアメリカ・ワシントン州でクイック・ロックの創業者、フロイド・パクストンが、リンゴを袋詰めする際に安全かつ簡単な結束方法はないかと友人から相談されたことが誕生のきっかけなのだそうです。

アレンジレシピも多数考案され、食べ方のバリエーションも豊富な食パン。朝食だけにとどまらず、これからもおいしくいただきたいですね!

参考文献(順不同)
舟田詠子『パンの文化史』(講談社)/ウィリアム・ルーベル著、堤理華訳『「食」の図書館 パンの歴史』(原書房)/石毛直道『日本の食文化史 旧石器時代から現代まで』(岩波書店)/ビー・ウィルソン著、真田由美子訳『キッチンの歴史 料理道具が変えた人類の食文化』(河出書房新社)/『ケトル VOL.05』(太田出版)/日本経済新聞(ホームページ)/東洋経済オンライン(同) 等

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