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ニッポンの化粧
vol.92

女も男もメイクはたしなみ!
ニッポンの化粧

文明開化によって大きく変わった日本人の化粧。古くは中国大陸の影響を受け、お歯黒をはじめとする独自の美意識を形成してきました。日本の化粧文化の変遷を今月の「Trace」ではたどっていきます。

トレンドカラーは赤?

 古代日本の化粧を知ることができる最古の文献『魏志倭人伝』には、日本が倭と呼ばれていた時代に、朱丹(しゅたん)=赤い顔料を顔やからだに塗る風習があったと記されています。古墳時代の遺跡から赤い化粧を施した埴輪が出土していることからも、赤色で身を装うことがトレンドだったようです。
 赤色の化粧は、日本に限らず多くの古代社会に共通する風習。現代のようなおしゃれ感覚というよりも、赤色から太陽や火、血液を連想し、その神聖な色を身にまとうことで死者の再生を祈願する、また魔除けの意味もこめていたと考えられています。

海を越えてきた最新メイク

 中国大陸や朝鮮半島と交流を持ち、その影響を強く受けた飛鳥・奈良時代は、化粧にも大陸の影響が色濃く表れています。
 奈良時代中期に描かれた「鳥毛立女屏風(とりげりつじょのびょうぶ)」に登場する6人の女性は、いずれもゆったりとした上着と袴のようなスカートで身を固め、眉間には花模様の花鈿(かでん)、唇の両側にはえくぼのような靨鈿(ようでん)を描いています。白粉を塗った顔に頬紅や口紅をさし、眉は弓なりの太い眉。こうしたファッションやメイクは、唐代の流行をしっかりと押さえたものだったようです。
 日本独自の化粧が生まれるのは、貴族を中心に国風文化が育まれた平安時代中期のこと。宮廷女性の装いは十二単となり、髪型も「鳥毛立女屏風」のような結い上げるスタイルから背中のほうに長く下げる垂髪(すいはつ)になりました。そして、白粉の「白」、お歯黒や眉墨の「黒」、頬紅や口紅の「赤」という3色をキーカラーにした伝統化粧の基礎が築かれます。

色白至上主義?

大陸の影響で白い肌=美人という価値観が定着し、白い肌を演出するために、鉱物性の鉛白粉や、米や粟など穀物の粉からつくった白粉が欠かせませんでした。日本最古の医学書『医心方』には、内服薬で肌を色白にする方法まで記されているほど。寝殿造りで外光が入りにくく薄暗い室内、人と会うのも御簾の陰からというシチュエーションで、白粉化粧は女性の美しさをより一層引き立ててくれたと想像できます。


眉は全部抜く

生来の眉は抜き、眉墨で額の上に眉を引くメイクは江戸時代まで続きました。どうしてわざわざ別のところに眉を引くのか、その理由は定かではないそうですが、額に眉を描けば感情の変化で動いてしまうことがなく、穏やかで高貴な表情をキープできるからという説も。


成人の証しでした

『魏志倭人伝』にもそれを連想させる記述があるお歯黒。南方系の民族が持ち込んだ、日本で独自に生まれた、インドから中国や朝鮮半島を経由して伝わったなど、起源には諸説あるようです。眉化粧やお歯黒は成人の証しで、のちに貴族以外の女性にも広まります。大人になっても眉を整えず、歯も白いままの女性は色気のない変わり者と見られていたとか。


頬紅、口紅も

現代では当たり前のチーク(頬紅)や口紅などの紅化粧も平安時代に行われていました。平安中期に編纂された日本最古の漢和辞典『倭名類聚鈔(和名類聚抄)』には、お歯黒や眉墨、白粉などと一緒に、頬紅も具体的な化粧の項目として記載されているそう。

あの武将もメイクは必須

 平安時代は公家の男性も白粉やお歯黒、眉化粧に紅化粧を行っていました。江戸時代後期に刊行された『貞丈雑記』によると、花園左大臣と称された源有仁が女性を真似て化粧をし始めたとか。また、当時盛んだった男色の影響で、若い男性貴族に化粧が広がったという説もあるようです。
 武士が政治の実権を握る平安末期には、公家の生活スタイルを真似て権力者が化粧をするようになり、室町時代にも一部の武士はお歯黒をしていたという話も。戦国時代には今川義元が公家風のメイクをすることで権威を示し、天下統一を果たした豊臣秀吉はお歯黒や眉化粧をして花見の席に現れた……と、武将たちの間でも化粧が浸透していたことが数々のエピソードから伺えますが、この頃になるとおしゃれ目的というよりも権威を見せつけるため、仮に戦に敗れたときに醜い姿を敵に見せないため、という意味合いが強くなっていたようです。
 江戸時代になると武士の化粧は見られなくなりますが、19世紀後半、明治政府の太政官布告でお歯黒や眉剃りが禁止されるまで、華族は化粧の習慣を続けていました。

貴族や地方の豪族、武士など一部の階級に限られていた化粧が、庶民にも広く浸透し始めるのは江戸時代。次ページでは江戸から現代までの化粧文化を見ていきます。

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