
アウトドアを楽しむのに最適な季節となった今、アウトドアレジャーの代名詞であるキャンプの変遷を辿っていきたいと思います。いったいいつ頃から、人々はキャンプを楽しむようになったのでしょう?
“野営”や“野営する場所”を意味するキャンプ(camp)。野外にテントを張って寝泊まりする行為自体は、遊牧生活や軍隊の行軍など、人類の歴史とともに連綿と続けられてきたものですが、余暇の時間を楽しむためのキャンプは19世紀後半のイギリスで生まれたようです。
産業革命によって機械制大工業が成立したイギリスでは、週6日労働が一般的になり、所得も増えて生活にゆとりが生まれた都市部の労働者が、自然を求めて出かけるようになりました。鉄道網がイギリス全土に張り巡らされたことも気軽な行楽の後押しとなり、貴族のあいだで行われていたピクニックが一般庶民に浸透。サイクリングやカヌーなどのアウトドアアクティビティが楽しまれ、やがてテントを張って野営する人も現れます。これが、レジャーを目的としたキャンプの誕生なんです。ちなみに、キャンプの語源はラテン語で平らな場所、広場を意味するカンプス(campus)。大学構内を表すキャンパスのルーツでもあります。
イギリスで自然発生し、ヨーロッパ諸国やアメリカにも広がったキャンプ。日本で初めて大々的なキャンプが行われたのは1907年、明治時代も終盤の頃でした。学習院院長に就任した陸軍大将の乃木希典が、片瀬江ノ島で毎年実施していた“遊泳実習”にテント生活を取り入れたことがその始まり。演習の参加者が増えすぎて寄宿舎だけではまかなえなくなったことや、テント生活が学生の精神修養に効果がある、と乃木が考えていたことがきっかけなのだそう。乃木はのちに、イギリスの陸軍中将でボーイスカウト運動の創始者でもあるロバート・ベーデン=パウエルと出会って、その考えに感銘を受けたともいいます。
レジャーというよりは教育的な目的の強かった日本のキャンプの始まりですが、富国強兵で軍隊式の集団訓練が男子生徒に課せられていた当時、訓練で習った野営の技術を遊びに応用する少年たちも少なくなかったようです。大正時代にはキャンプの指南書も登場。昭和時代に入ると、海水浴や登山などにかわるアウトドアレジャーとしてキャンプが大流行したようです。
戦後の日本で本格的なキャンプブームが到来するのは1960年代のこと。マイカー時代の幕開けによって自動車でキャンプを楽しむ人が増え、海外からキャンピングカーを輸入したり、自らキャンピングカーに改造したりする人も登場したといいます。
国内初のオートキャンプ場が開設されたのもこの頃でした。1966年7月に神奈川県箱根にオープンした「芦ノ湖国際モビレージ」は、駐車スペースにテントスペース、水洗トイレや温水シャワーも完備する充実ぶり。しかし、土地柄、霧や風が発生しやすく、標高が高くて夏以外の利用も限られていたため、開設からわずか5年ほどで閉鎖されてしまったそう……。
日本の経済が高度成長から安定成長を迎えると、余暇時間が増え、家族で楽しめるレジャーとしてキャンプを楽しむ人がますます増加します。1990年代には空前のアウトドアブームが到来。ウインタースポーツの人気が高まったことで4WDのRV車がシェアを伸ばし、夏場に楽しめるレジャーとしてオートキャンプが注目を集めたのです。アウトドア専門店ではないスーパーマーケットやホームセンターでもキャンプ用品が手軽に購入できるようになり、新たなキャンプ専門誌も刊行されるなど、キャンプは国民的なレジャーのひとつに成長しました。
2000年代以降、特に東日本大震災後は、防災意識の高まりからキャンプを始める人も現れ、キャンプ用品が防災グッズとしても活用されるようになります。また、テントを張って音楽を楽しむキャンプインフェスや、大自然の中で高級ホテルと遜色ないホスピタリティを堪能できる、グラマラス(glamorous)とキャンピング(camping)を掛け合わせた「グランピング」など、新たなキャンプスタイルも定着しました。
女子キャンプやソロキャンプ、さらには前回の「Trace」でも紹介した屋外でサウナを楽しむキャンプなど、個人の趣味・嗜好に合わせてキャンプも多様化しています。次ページではそんなキャンプのアイテムにまつわるエピソードをご紹介!