
デパートの地下に展開されている食品売場=デパ地下。2000年代に入って脚光を浴び、お出かけやお土産を買いに行くような特別な場所から、自分たちへのご褒美を選び、日々のモチベーションを維持してくれる“プチ贅沢”のための場所に変わってきました。私たちの日常を彩るにはなくてはならないデパ地下は、いつ、どのように始まったのでしょう?
デパートの地下に食品売場を設けたパイオニアとされるのが、1922(大正11)年10月、大阪・堺筋の長堀橋詰で開店した高島屋呉服店長堀店です。当時、東京にも地下階がある呉服店は存在していましたが、倉庫や従業員向けのスペースとして使われるのが主で、地下1階を食品売場として使ったのは高島屋長堀店が初めてだったそうです。
一方で、現在のように全国各地から名店を集めるスタイルは、松坂屋名古屋店が先駆けて取り入れたもの。1936(昭和11)年12月、松坂屋名古屋店は地下1階に「東西名物街」をオープンし、京都虎屋の和菓子、東京コロンバンの洋菓子、大阪松前屋の昆布など、名店の名品を集結させました。東京・渋谷の東急百貨店東横店が、老舗や名店を一堂に集めた「東横のれん街」で、“名店街”を全国に広げるきっかけとなるのは戦後のこと。デパ地下のルーツは大阪&名古屋にありました。
「デパ地下」という言葉が脚光を浴びたのは2000年頃。マスコミによって頻繁に使われ出し、デパ地下ブームとなりますが、そのきっかけは「中食」にありました。
家庭でレストラン気分を味わえる、デパートの高品質な惣菜や弁当にいち早く注目したのは、ブランド志向やグルメ志向の強い中高年の女性たち。特に東急百貨店東横店の東急フードショーに代表される都内デパートの食品売場のリニューアルはブームに拍車をかけ、20代OL層の利用者も急増。デパ地下はトレンドの発信地になっていきました。
お中元やお歳暮、贈答品を選ぶ場所というイメージが強かったデパートの食品売場は、いつしか日常を充実させるための“ご褒美”を選ぶ場所に。特に昨今のスイーツブームの仕掛け役といわれているのが、松屋銀座店、銀座三越、プランタン銀座といった銀座のデパ地下です。1990年代、スーパーやコンビニでも気軽にデザートが入手できるようになったことに危機感を覚えた各デパートは、パティシエを立役者にブームを醸成。その後、ほかのデパートもスイーツに力を入れるようになりました。横浜の洋菓子店ガトー・ド・ボワイヤージュの「モンブラン」や、なめらかなプリンを世に広めたパステルの「なめらかプリン」は、デパ地下が生んだヒット商品といえるでしょう。
「デパートの食品売場は地下」が定着した背景には、建て替えを望まないデパートでも地下なら売場を拡張できるといった構造的な理由もあれば、集客効果も関係しているようです。たとえば、地下鉄駅直結なら地下鉄利用客の来店を見込めるほか、食品売場という集客力のある売場を下のフロアに集めることで、そこを起点に上のフロアにも足を運んでもらう「噴水効果」を狙えます。
ただ、“デパ上”が存在していたこともありました。1967(昭和42)年11月に開店した東京・渋谷の東急百貨店本店は、もともと最上階の8階の半分がレストランで、あとの半分が食品売場でした。店舗近隣の高級住宅地で暮らす富裕層が目当てだったものの、最上階の食品売場へ毎日食品を運び上げるのはひと苦労。売場スペースも限られたため、やがて地下に移動されたようです。
「噴水効果」の反対は、上層階から降りる途中のフロアで買い物をしてもらう「シャワー効果」。最近は多くのデパートで上層階の催事場を使った物産展が開かれていますが、物産展の売上の多くは食品です。上層階に食品売場の常設は難しくても、デパートを上からも下からも支えているのは“グルメ”であることは確かなようです。
デパ地下ブームにより、デパートの売上の主力はかつての衣料品から食品になりました。こうした状況を反映してか、2022年4月には、大阪・梅田の阪神梅田本店がリニューアル、「日本一のデパ地下」を目指して地下1階に「阪神食品館」が誕生しました。
阪神食品館は約7500平方メートルの売り場に、惣菜や生鮮食品、酒や菓子などを豊富に揃え、直線約100メートルにわたって洋菓子店が並ぶスイーツストリートのような楽しい仕掛けも話題になりました。コロナ禍前と比べても売上は好調で、広い店内を移動しなくてもおすすめの惣菜を1カ所で購入できるコンビニデリカも人気を集めているといいます。
コロナ禍でデパートは休業や時短営業を余儀なくされていましたが、2022年の全国百貨店売上高をみると4兆9812億円。既存店ベースで前年比13.1%増と2年連続で増加し、コロナ禍前の2019年の9割近くまで回復しています。今後もデパート、そしてデパ地下の復活に期待したいところです。
コロナ禍から復活しつつあるデパートにとって、今後の集客の柱になるのがインバウンド(訪日外国人)です。2022年10月から水際対策が大幅に緩和され、個人旅行の受け入れが再開。デパートにも韓国や台湾、香港などアジアからの来店客が戻り、免税売上高が上昇したことも百貨店の売上高増につながりました。
今後、集客のカギを握るとされているのが中国からのインバウンド客。中国からの渡航者への水際対策の緩和で、しばらくすれば本格的な団体旅行も再開されると見られ、訪日中国人観光客の急増が期待されています。日本文化への関心が高ければ、デパ地下が取り扱う寿司や天ぷら、スイーツやB級グルメなど数々の食品が魅力的に映らないはずはなし。本格的なインバウンド再開に向けて、デパ地下もどんな仕掛けを繰り出してくるのか、目が離せません!
魅力的なグルメを前に、ついついお財布の紐が緩んでしまうデパ地下。足が遠のいていたという方は、目を引かれるような新しい商品が登場していないか、久しぶりに訪れてみても楽しいかもしれませんね。
参考文献(順不同)
小川史郎「わが国百貨店における食品売場の誕生と発展」(一橋大学機関リポジトリ)/川島蓉子『なぜデパ地下には人が集まるのか』(PHP新書)/松坂屋名古屋店(ホームページ)/NIKKEI STYLE(同)、日本食糧新聞(同)、産経新聞(同)、読売新聞(同) 等