
2022年8月、バドミントンの世界一を決める世界選手権が東京で初めて開催されます。日本では観るスポーツとしてもレクリエーションとしても人気のネット型球技、そのルーツはイギリスの貴族たちの間で楽しまれていたゲームにあるようです。
羽根を付けた種子やコルクを打ち合うゲームは、日本の羽根突きのように、古今東西、さまざまな地域で行われてきました。そのためバドミントンの起源にも諸説ありますが、イギリスで古くから楽しまれていたのが“battledore and shuttlecock”です。木の板や皮が張られた木製のラケットで、羽根をコルクに取り付けたシャトルコックを打ち合うゲームで、ポイントを競うというよりも、できるだけラリーを続けることが目的だったといいます。
1830年頃には、このゲームがイギリス南西部グロスターシャーにあるボーフォート公爵家の邸宅、バドミントンハウスの大広間で盛んに行われていたことがわかっています。バドミントンという名称や、約5フィートの高さに張られたネット、コートの大きさなども、バドミントンハウスでのゲームがルーツ。やがて勝ち負けを争う競技として各地に広がると、ローカルルールを統一する動きが生まれ、1893年にロンドンで世界初のバドミントン協会が誕生します。1899年には現在も世界でもっとも権威のある全英選手権が初開催されました。
日本では大正末期から横浜YMCAが中心となり、大阪や神戸などでも競技の普及に力を入れていたようです。戦争で活動は中断されるものの、戦後は戦地から引き揚げてきたバドミントンプレイヤーらが普及活動をスタート。東京YMCAや大学生らとともに、1946(昭和21)年に東京バドミントンクラブを設立し、同年には日本バドミントン協会も誕生します。1947(昭和22)年には初の全日本選手権が開催されました。
一方、日本で初めてバドミントンを行ったのは長崎・出島で暮らしていたオランダ商館の人々といわれています。1787(天明7)年に江戸の蘭学者、森島中良が編纂した『紅毛雑話』には、紅毛羽子板と呼ばれるゲームが挿絵とともに紹介されていて、羽子板をラケット、羽根をウーラングと呼ぶなどの記述も。そのため、1979(昭和54)年には長崎県バドミントン協会によって、商館の跡地に「バドミントン伝来之地」という記念碑も建てられました。
前述の全英選手権をはじめ、バドミントン界にはBWF(世界バドミントン連盟)が主催するさまざまな大会が存在し、特に以下の4つは大会グレードがもっとも高いメジャー大会に位置付けられています。
トマスカップ | 男子の国別対抗戦 | (1948年から開催) |
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ユーバーカップ | 女子の国別対抗戦 | (1956年から開催) |
スディルマンカップ | 男女混合の国別対抗戦 | (1989年から開催) |
世界選手権 | 男女の個人戦 | (1977年から開催) |
また、ほかの多くのスポーツと同様、バドミントン選手にとって大きな意味を持つのがオリンピックです。バドミントンがオリンピックの正式種目になったのは1992年のバルセロナオリンピックから。1972年のミュンヘンオリンピックで初めて公開競技に採用されたものの、すぐに正式種目にはならず、1988年のソウルオリンピックで再び公開競技となり、4年後のバルセロナで20年越しで正式種目となったのです。
パラリンピックの正式種目となったのは最近のことで、2021年の東京オリンピックから。座ってプレーする「車いす」と、上肢障がい、下肢障がい、低身長の「立位」に分かれ、障がいの程度によってさらにクラスが細分化されます。車いすのクラスの個人戦は半面のコートで行われるため、パラバドミントンならではの駆け引きやラリーが繰り広げられるのも特徴です。
ここからはバドミントンの用具や競技にまつわるトリビアをピックアップ! まずはこの競技を特徴付けるシャトルの話題から。
この競技を特徴付けるのが、コルクに羽根を取り付けたシャトル。一般的に競技で使われるシャトルは16枚の羽根が取り付けられ、羽根の長さやコルクの直径、重さも細かく規定されています。羽根はガチョウかアヒル、またはその混成でつくられることもありますが、競技の場合は耐久性に優れたガチョウのシャトルを使用するのが常。練習用には比較的安価なアヒルのシャトルが使われることもあるほか、学校の体育の授業やレクリエーションでは壊れにくいナイロン製のシャトルもおなじみですよね。また、最近では人工羽根を用いたシャトルも開発されているんです。
天然の羽根でつくられたシャトルは、気温が高いときにはよく飛び、気温が低いときは飛びにくいといった具合に、気温の影響を受けやすいため、シャトルには1番、2番……と番号が付けられていて、季節によって使い分けられています。ちなみに、シャトルの正式名称はシャトルコック。もともとシャトルにはニワトリの羽根が使われていて、ニワトリ=コックの羽根が往復するという意味で呼ばれるようになったそうです。
空気を切り裂くような鋭い音とともに繰り出されるスマッシュは、トップクラスの選手になると初速は時速400kmを超え、あらゆる球技よりも速いといわれています。
近年は空気抵抗を極限まで減らし、インパクト時の力を余すことなくシャトルに伝えるラケットの設計などによって、そのスピードは時速500kmに近づいているとも。ギネスの世界記録に認定されている最速記録は、マレーシアのタン・ブンホン選手が2013年5月に達成した時速493km。競技中の記録としては、デンマークのマッズ・ピーラー・コールディング選手が2017年1月に達成した時速426kmが認定されています。ちなみにテニスのサーブの最速記録は、サミュエル・グロート選手が2012年5月に達成した時速263km。段違いのスピードが、バドミントンが“世界最速のスポーツ”といわれるゆえんです。
猛スピードで放たれたシャトルが減速する独特のスピード感はもちろん、相手選手の動きを読んだラリーの応酬もバドミントンの醍醐味。攻撃的なサービスから始まるテニスと違って、バドミントンが下から打つサービスからスタートするのも、文字通り、サービス=奉仕で相手が返しやすいシャトルを送り、ラリーでの決着に重きを置いているからだといいます。
そんなラリーの史上最長記録が生まれたのが、2013年に中国で開催された第20回世界選手権の男子シングルス準々決勝。ベトナムのグエン・ティエン・ミン選手とデンマークのヤン・ヨルゲンセン選手が繰り広げたラリー数は108打、時間にして2分も続き、会場を大いに沸かせました。
ロングラリーといえば、2018年の全英オープン女子ダブルス決勝で、日本の福島由紀、廣田彩花組、通称フクヒロペアとデンマークのカミラ・リター・ユール、クリスティナ・ペデルセン組が繰り広げた102本に及ぶラリーも特筆すべきもの。時間にすると1分半にも及んだラリーはBBCスポーツが「あなたを疲れさせるだろう……」というコメントとともにその模様をツイートし、SNSでも盛り上がりました。
バドミントンのルールでユニークなのが、選手の身体に隠れたりしてシャトルの落下点を線審が確認できず、判定ができなかった場合、自身の目を両手で覆って主審に合図できること。もし主審も判断できなかった場合は「レット」とコールされ、やり直し(ノーカウント)となるんです。一方で、近年はテニスやサッカーなど、ほかのスポーツで見られるようなビデオ判定も導入されています。
日本で初開催となる「BWF世界選手権2022」の開幕まであとわずか。オリンピックイヤーを除いて毎年行われる個人の世界一決定戦は、男女シングルス、男女ダブルス、混合ダブルスの 5 種目で争われます。今大会には男子15名と女子16名の総勢31名が日本代表選手として参戦。男子シングルスは世界ランキング2位の桃田賢斗をはじめとする4名の日本人が出場。女子シングルスは2021年末開催の前回大会で金メダルを獲得した山口茜の連覇に期待がかかるほか、2017年の世界王者・奥原希望も二度目の金獲得を狙います。男子ダブルスでは前回大会を制し、同種目で日本勢初の世界一に輝いた保木卓朗&小林優吾ペアの連覇挑戦にも注目。女子ダブルスは2018年と2019年を連覇し、前回大会3位の「ナガマツペア」こと永原和可那&松本麻佑ペアのほか、志田千陽&松山奈未ペア、福島由紀&廣田彩花ペアらも参戦。混合ダブルスでは前回大会準優勝の渡辺勇大&東野有紗ペアに初の金メダル獲得の期待がかかります。
世界選手権は8月22日から28日まで東京体育館で開催されます。地元開催を追い風に、日本人選手の躍進に期待したいですね!
参考文献(順不同)
日本バドミントン協会(ホームページ)/世界バドミントン連盟(同)/ナショナルバドミントンミュージアム(同)/長崎県(同)/稲垣正浩編著『「先生なぜですか」ネット型球技編 0のことをなぜラブと呼ぶの?』(大修館書店) 等