
あらゆる分野に広がりをみせているサブスクリプションサービス。その流行とともに、本来のあり方とは異なるサービスも登場し、玉石混淆の状態です。企業とユーザー、それぞれにメリットをもたらすサービスをつくるにはどんな点に気をつければよいのでしょうか。兵庫県立大学の川上昌直教授に、その秘訣を聞きました。
日本語で「予約購読」を意味するサブスクリプション(subscription)は、ITの分野では「定額で利用料を支払うサービス」と「従量制で利用料を支払うサービス」の両方の意味を含みます。サブスクリプションサービスは、ユーザーと長く収益が継続するビジネス(=リカーリング)の1つ。モノを売って利益を計上する「売り切りモデル」が難しくなったいま、注目のビジネスモデルの1つとして関心が高まっています。
サブスクリプションの発祥は諸説ありますが、1609年にはストラスブール、1620年にはウィーンで定期新聞が発行され、週に一度は配達されていた記録があります。よくよく考えると、新聞や雑誌の定期購読は元祖サブスクです。ほかにも、列車の定期券や牛乳配達など、サプスクリプションサービスは目新しいものでなく古くから身近にありました。
IT革命期の1990年代末にアメリカでセールスフォース・ドットコムが設立。オフィスの業務アプリケーションをWebサービスとして提供。これまでアナログでしかなかったサブスクリプションにデジタルのサービスがスタートしました。
次なるサブスクリプション進化のきっかけは、スマホの普及。SpotifyやNetflixなどスマホで楽しめる音楽配信や動画配信がスタートし、世界で活発に利用されるようになりました。2015年には、日本でもNetflixやAmazonプライム・ビデオがサービスを開始しました。
日本のサブスクリプションの流行を決定づけたのは、「2019ユーキャン新語・流行語大賞」に「サブスク(サブスクリプション)」がノミネートされたこと。さまざまな業種のサービスに広がりをみせています。
サブスクリプションがヒットしたのは、音楽や動画などのデジタルコンテンツが利用しやすい価格で登場したことがきっかけです。CDやDVDなどモノを所有することが当たり前だった時代から、若年層を中心に「所有から利用へ」という消費の方が賢いという価値観が生まれました。
一方、サービスを提供する側の企業にとっては、継続的に収益が見込めるビジネスモデルとして改めて注目されたのです。その結果、デジタル以外のさまざまなビジネスにも広がり、たくさんのサービスが生まれました。
日本国内で利用できるサブスクリプションはジャンルもさまざま。代表的なサービスをチェックしてみましょう。
定額を支払えば、利用し放題になる料金体系です。料金の上限が決まっているので、ユーザーも安心して利用できます。デジタル系のサービスに成功例が多いのは、コンテンツを買い取って、元が取れているから。逆に、モノを介したサービスを定額で提供すると、材料費や人件費がかさみ、赤字になる恐れがあります。
[サービス例]Amazonプライム、Netflix、Adobeクリエイティブクラウドなど
サービスを利用した分だけ請求金額も多くなる料金体系です。決められた量や時間までは定額でそれを超えると従量制になる「定額従量制」や、利用量や時間によって変動する「階段変動従量制」、利用量に応じて設定された料金に変わる「階段従量制」もあります。
[サービス例]ミシュラン「マイレージ・チャージプログラム」、携帯電話やインターネットの料金
一定額を支払えば利用できるので、初期費用を抑えて手軽に利用することができますし、利用頻度が高ければ、お得になります。モノを所有することなく利用できるため、メンテナンスしたり、部屋の中に置き場所を確保したりする必要もありませんが、ずっと手元に置くことも売ることもできません。また、利用頻度が少ないと割高になることもあります。
モノを選んでもらえるサービスでは、トレンド感のあるものや自分では選ばないものの発見につながることもあるでしょう。そのため、買い物をする時間的なコストがかからない反面、買い物自体の楽しみは減ることになります。サブスクリプションサービスには、常に2つの側面があります。
サブスクリプションサービスを始めたいと考えるなら、ユーザーにとっても企業にとってもメリットのある相思相愛のサービスにしなくてはなりません。長期的に利用したいしくみをつくって、契約後は良好な関係性を保つビジネスであることが問われています。売り切りサービスは、買ってもらうまで熱心に接客や営業を仕掛けることが大切ですが、サブスクリプションは契約してからの関係性づくりが大切です。
つまり、「釣った魚に餌をやらないサブスク」ではダメ。コンテンツや商品は、常に飽きさせない工夫が必要ですし、良いものを提案しつづける体制づくりにも努めなくてはなりません。サービスを受けることで優越感を持ってもらう必要もあるでしょう。そこにコストや人材を投じるのは当然のこと。サブスクリプション成功のカギは、つながりをいかに継続できるかにかかっています。
サブスクの基本は、月額や年額の利用料を支払えば、解約できるしくみになっていることです。3年、5年などの縛りを設けたものはサブスクではなくローンといえるでしょう。
例えば、「ラーメン6000円で1ヶ月食べ放題」というサービスをつくったとしましょう。ユーザーは、普段月に5回くらいの利用回数だったのが、毎日のように訪れ、過剰に利用するようになるかもしれません。すると、材料費も人件費もかさみ、経営的には赤字に。キッチンやサービススタッフも、ユーザーが来店するたびに「また来た……」とさえ思うようになるでしょう。これではユーザーも気持ちよく利用できません。誰にとっても悪循環にならないようなサービスを考えることがポイントです。
NetflixやAmazonプライム・ビデオが成功しているのは、常に新作やオリジナル作品を投入しているから。例えば、居酒屋で「毎日ビール1杯無料」のサブスクをするなら、どこでも飲める大手ビール会社の代表銘柄ではなく、各国のクラフトビールや各地の地ビールを日替わりで提供するというアイデアもあります。サブスク会員は、「いろんなビールを制覇したい」と思えば来店頻度が上がるでしょうし、LINE@で「本日のクラフトビールとおすすめポイント」を配信すればつながりづくりになります。ときどき、「おつまみ一品サービス」をすると優越感の醸成にもなるはずです。居酒屋に入ってビール1杯で帰る客はいないでしょうから、従量制課金のような効果があり、来店頻度アップや売上アップにつながるでしょう。
サービスを提供し始めると、利用するユーザーからのクレームのような声があがることもあります。実はこれ、サブスクリプションを成長させるうえでは財産。そんなユーザーは、サービスが好きで意見をくれる存在なのです。ユーザーの意見を取り入れて改善することで、よりよいサービスになっていきます。
ユーザーに継続的に利用してもらうためには、ユーザーに寄り添える体制を構築しなくてはなりません。サービスの使い方がわからない場合どのようにフォローするか、利用頻度が減った場合どのように提案していくか、といった視点が大切になります。ちなみにこの体制づくりは人材でなくても構いません。コストがかかりすぎるようであれば、デジタルを活用します。最新のテクノロジーを導入しなくても、メールマガジンやSNSが活用できることもあります。
サブスクリプションサービスは、つくっておしまいのサービスではありません。ユーザーの意見を取り入れたり、新しいサービスを導入したり、変化が必要です。ときに料金体系の見直しも必要です。合言葉は「お互いにとって価値あるサービスかどうか」。常にブラッシュアップできるサービスでありたいものです。
フィギュアやDVDなどの定期購入のデアゴスティーニは、古くからあるサブスクです。初回は安価に提供して話題をつくり、定期購入をうながしています。途中で購入しなくなる人も多いのですが、10回続けて購入した人はほぼコンプリートするとか。つまり、10回続けて購入してもらうしくみがあります。例えば「週刊ロビ」は、毎号付属するパーツを組み合わせていくと、10回で上半身ができあがるしくみ。10回購入した頃には情がわき、全て購入する人が多いのです。また、購入者の情報共有サービスがWEB上にあって、活発にやり取りされています。こうした世界づくりは、デアゴスティーニのキーになっています。
スペインには安価な入場料さえ支払えば、お笑いが観られる劇場があります。ただし、客席の前にセンシング機能のあるモニターがあり、笑ったら課金されるしくみ。つまり、笑った分だけ従量課金されるのです。
これは、Zoomなどを利用すればリモートでも応用できるはずです。テクノロジー的にもそんなに難しくありませんので、ぜひ導入してみてはいかがでしょうか。
兵庫県立大学国際商経学部教授、博士(経営学)/大阪府出身。神戸商科大学大学院経営学研究科博士後期課程単位取得。福島大学経済学部助教授(呼称変更により准教授)を経て、2012年より兵庫県立大学経営学部教授(学部再編により現職)。専門はビジネスモデル、マネタイズ。ビジネスの現場でコンサルティングも行う経営学者として、講演活動やメディアでも活躍。『「つながり」の創りかた: 新時代の収益化戦略 リカーリングモデル』など、著書多数。