ここからは、気になる人も多い（？）ボクサーの金銭事情から、レフェリーやセコンドといった選手以外の関係者の豆知識まで、ボクシングにまつわる素朴な疑問に迫っていきます。
2015年5月2日、フロイド・メイウェザー・ジュニアとマニー・パッキャオという2人の歴史的ボクサーにより行われたWBA・WBC・WBO世界ウエルター級王座統一戦は、その豪華な組み合わせはもちろん、巨額なファイトマネーでも注目を集めました。試合は判定3-0でメイウェザーの勝利に終わりましたが、当時のレートでメイウェザーは約144億円、パッキャオは約96億円のファイトマネーを手にし、さらにPPV（有料放送）の視聴料も配分されたため、最終的にメイウェザーは約280億円、パッキャオは約184億円ものファイトマネーになったという報道も。経済誌フォーブスが毎年発表する「世界で最も稼ぐスポーツ選手100人」で2015年の首位に並んだ2人、パッキャオのプロデビュー時のファイトマネーは200フィリピン・ペソ（現在のレートで約220円）といいますから、その“昇給率”は8千万倍以上と、気の遠くなるような数字です……！
これほどまでのファイトマネーを手にできる選手は世界でもほんの一握り。では、ほかのボクサーはどれほど稼いでいるのかといえば、日本のプロボクシングの場合、デビュー戦の4回戦なら1試合6万円、6回戦に上がれば10万円、8回戦以上になると10万円以上というのが相場なのだそう。そこから所属ジムのマネジメント料として33％が差し引かれるため、ボクシングだけで生計を立てるというのはやはりハードルが高いようです。なお、ファイトマネーは試合の勝敗と関係なく事前に取り分が決められていて、選手の人気や所属ジムの経済力などによって、たとえ挑戦者や格下の選手でもファイトマネーが高額になることもあるといいます。
ボクシングのタイトルマッチでは、チャンピオン陣営がベルトを掲げて入場し、試合後、勝者にそのベルトが授与される光景を目にしますが、挑戦者が勝ったとしても試合後すぐにチャンピオンベルトを自分のものにできない決まりがあるのだとか。実は、チャンピオンベルトは前王者が引き取るため、挑戦者が勝利した場合は、そこからベルトの発注が行われ、後日、完成品を受け取るという仕組みなんです。挑戦者側のプロモーターが支払う承認料に50万円前後のベルト代が含まれていて、そこから捻出されるそう。ただし、これは世界タイトルマッチに限られた話で、日本チャンピオンのベルトは買い取りではなく持ち回り制。つまり、負けてしまえばベルトは新しい王者のもとに行ってしまうんです……。
ここからはボクシングを支える関係者にも目を向けてみましょう。試合中に選手以外で唯一リングに上がれるレフェリーは、フェアで安全な試合が円滑かつ真剣に行われるためになくてはならない存在です。そんなレフェリーにもさまざまなルールが存在し、例えばリング上では、メガネや指輪、時計、ベルトのバックルなど、一切の貴金属を身につけてはいけないと定められているんです。
服装も「軽快な服装」とされていて、蝶ネクタイに白シャツと黒ズボンが一般的なスタイル。そのフォーマルな見た目から、足元は革靴やレザースニーカーを履いているのかと思いきや、ボクシングシューズを履かなければならないとも決められています。試合中、レフェリーは両選手を結ぶ線を底辺とする二等辺三角形の頂点に位置するようにして試合を管理しますが、時には選手のパンチを浴びてノックアウトされてしまうことも……。メガネや貴金属をつけてはならず、動きやすい格好をするというルールも、レフェリーや選手の安全を考えれば当然のことといえそうですね。
選手とともに入場し、試合中はその行方をリング下から固唾を飲んで見守るセコンド陣。インターバル中にリングに上がれるのはチーフ・セコンド1人だけですが、セコンドは1人の選手に3人まで付くことが許されています。
セコンドの中でも、選手が出血してしまった場合に重要な役割を担うのがカットマンです。1分間という限られた時間内で、カットマンはタオルや綿棒、脱脂綿、ワセリン、アドレナリンの1000倍希釈液、そしてエンスウェルと呼ばれるn字型の金属製の器具などを用いて、止血を行ったり、目の腫れを周囲に逃がしたりします。出血を素早く止めないと試合の流れに大きく影響してしまうため、その腕を信頼されて、世界中からオファーを受けるカットマンもいるのだそう。まさに職人技がインターバル中にも繰り広げられているんですね。
なお、選手の息が上がっているからといって、インターバル中にセコンドが選手に水を勢いよくふきかけたり、タオルを使って風を送ったりすることは禁止されています。試合中は静粛にしなければならず、実は選手に対する声援や合図、刺激を与えることもダメ。TV中継では、選手に熱い指示を送るセコンドの声が聞こえることがありますが、あれはルール違反といえるかも!?
アマチュアボクシングの世界では近年、大きな変化がありました。昨年のリオオリンピックのテレビ中継を見て「あれっ？」と思った人も多いかもしれませんが、実は選手が頭に装着するヘッドギアが廃止になったのです。
国際ボクシング協会（AIBA）は、ヘッドギアを着けているときのほうが脳しんとうなどの頭部への影響が大きいという調査結果をもとに、1984年のロサンゼルスオリンピックから採用されていたヘッドギアを2013年に廃止。ヘッドギアで視界が狭まりパンチを避けにくかったり、ヘッドギアを着けることで選手の頭が標的になりやすく、脳しんとうを起こす可能性が高いというデータが考慮されたといいます。ただし、女子ボクシングの世界ではヘッドギアが危険といえるほどのデータが集まっておらず、試合で着用され続けています。
最後は、近ごろ盛り上がりをみせる女子ボクシングの話題を。オリンピックでは2012年のロンドンオリンピックから正式種目に採用されましたが、その歴史は古く、一説には1722年のロンドンで、女子の試合が行われたという記録が残っているといいます。
女子ボクシングが世界的に普及し始めたのは1980年代以降。各国で女性ボクサーが登場し、アマ・プロ問わずさまざまな興行が開催されるようになりました。21世紀に入ると、WBA、WBCなどの主要団体が世界タイトルを認定。国内でも1990年代後半に独自の団体が立ち上がり、アマチュアの大会も行われるようになりました。いまではモデル出身者、グラビアアイドル、元競輪選手など、個性豊かな女子ボクサーが活躍しています。また、今年5月には、JBCが女子ボクシングの活性化や底辺拡大、さらなる普及を目的として、JBC公認の日本女子育成ランキングを発表したことが話題になりました。将来的には日本タイトルの創設も視野に入れているのだそう。
1920年ごろにはすでに、女性の“フィジカル・トレーニング”として採用されていたボクシング。いまではボクシングの動きを取り入れたボクササイズが人気ですが、一体どんな効果があるのでしょう？
サンドバッグやミットにパンチを打ち込むことによるストレス解消はもちろん、身体全体を使うトレーニングに、ボクシング特有の“ひねり”が加わることで、ウエストのシェイプアップやお尻の引き締めにも大きな効果があるといいます。トレーニングを続けることで心肺機能が高まり、代謝もよくなることから、脂肪がつきにくく痩せやすい身体にもなるんです。
女性はもちろん、中年男性にもボクシングは人気で、30歳以上のボクシング経験者やジム生なら誰もが参加できるとあるボクシングのスパーリング大会は、10年以上の歴史があり日本チャンピオンも設定されているほど。老若男女問わず幅広い世代に親しまれるボクシングは、いまや「見るスポーツ」から「Doスポーツ」へと進化しているのかもしれませんね。
参考文献（順不同）
ハリー・ムラン ボブ・ミー マット・ボジート著『史上最強のボクサーがわかる! ボクシング世界図鑑』（エクスナレッジ）／ 日本ボクシングコミッション（ホームページ）／日本プロボクシング協会（同）／Sportsnavi（同）／THE WALL STREET JOURNAL（同）／THE NEWYORKER（同） 等
