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財布の来し方行く先
vol.117

お金とともに移り変わる
財布の来し方行く先

貨幣の誕生とともに登場した財布はキャッシュレス決済の浸透でそのあり方が大きく変わっています。財布が歩んできた道、そしてこれから向かう先は?

人類の“発明品”を持ち運ぶために

 貨幣を入れて持ち運ぶ財布の歴史は、お金と深く関わっています。世界でもっとも古い貨幣とされているのが、紀元前7世紀ごろ、現在のトルコ西部にあったリディアという王国で造られたエレクトロンです。金と銀からなる合金を使った硬貨で、これを革の袋に入れたことが財布の始まりとされています。その後、17世紀にヨーロッパを中心に紙幣が流通し始めると、紙幣を折らずに入れられる現在の長財布の原型が登場しました。

財布文化、江戸時代に花開く

 日本では中国などとの貿易を通じて流入してきた渡来銭が使われていましたが、室町時代になると渡来銭を真似た私鋳銭(しちゅうせん)が大量に造られ、真ん中に穴が開いた硬貨を紐で束ねて持ち歩いていたようです。
 小判や藩札(紙幣)が発行された江戸時代は、出し入れがしやすいように袋の口を紐で縛る「巾着」や、鼻紙や薬などを持ち歩くための布や革製の「紙入」(鼻紙袋とも)が使われるようになりました。巾着は火打道具を携帯するための燧袋(ひうちぶくろ)が、紙入はちり紙にしたり、詩歌などを書いたりする懐紙入れが変化したものと考えられています。
 紙入の一種で楊枝なども入れられる「三徳」(さんとく)、小物も入るほど大ぶりの「どんぶり」、弾丸入れとして用いられていた腰に提げる「胴乱」(どうらん)など、デザインのバリエーションも豊かになり、錦やビロードといった高級織物や籐が素材に使われ、細部の留め具にこだわったおしゃれな財布が江戸っ子たちに支持されました。
 江戸土産としても買い求められ、当時のショッピングガイド本である『江戸買物独案内』には、財布を扱う小問物屋や袋物所が100軒以上掲載されています。ちなみに江戸時代後期、そば1杯が16文の時代に、巾着の値段は372文、紙入は2000文以上したようです。

「さいふ」は手形のことだった?

 「さいふ」という言葉が「金銭を入れて持ち歩く袋」を指すようになったのも近世以降のこと。鎌倉時代後期、遠隔地への送金手段だった替銭(かえぜに/かわし)を行う際の手形を割符(さいふ)と呼び、割符屋と呼ばれた業者が現金を預かり、割符を発行して送金していました。それが次第に「銭入れ」を意味するようになり、本来の割符は室町時代末期には「わりふ」と呼ばれるようになったと言います。

てっきり“日本生まれ”かと……

 西洋文明を取り入れて日本人の生活や文化が大きく変わった明治時代は、新しい紙幣や硬貨も発行され、紙幣が折れないように薄い板の間に紙幣を挟み込む「札挟み」や、四角い袋状の「札入」など財布のデザインも多様化しました。日本発祥と思われがちな「がまぐち」は、フランスで流行していたがまぐちのカバンや財布を真似して売られ始めたもの。当初は口金に真鍮を使っていたため高価でしたが、安価な溝輪金の口金が登場すると庶民のあいだでも大流行しました。
 「がまぐち」の由来は、その口金の形状がヒキガエルの口を思わせたから。ヒキガエルの別称は「ガマ」(古くはカマとも)。かまどのような暗いところや蒲が生えているような低いところにいるものという意味のほか、仏法の力で悪魔を降伏させる「降魔」(がま/ごうま)の意味もあります。カエルを連想させることから、がまぐちは「お金が帰る=金運を呼び寄せる」と言われることがありますが、見えない力が無駄遣いの誘惑を断ち切ってくれているのかも?

懐かしの財布から時代が見える?

 1950年、世界初のクレジットカード専業企業としてダイナースクラブが設立されたのをきっかけにクレジットカードが世界で広まり、カード用のポケットが付いた二つ折りの財布が登場しました。お金のかたちに合わせて財布も変化するもの。近年の日本で流行した財布をおさらいしてみましょう。

コイン時代に頼りになった便利財布

 少額硬貨の流通量が現代と比べて多かった1970〜80年代は、硬貨をたくさん入れられるジッパー付きの財布が支持されていました。金額ごとにより分けて収納できるレールが付いた「コインホルダー」も、ひと目で必要な硬貨を取り出せることから流行したようです。


初めての財布にもピッタリの手軽さ

 ナイロンとマジックテープを使い、サーファーたちに支持されたサーファーウォレットは1977年に登場し、市場に旋風を巻き起こしました。使い勝手の良さや手に入れやすさから、「初めて持った財布がこれ」という人も多いのでは。考案したのはアメリカの著名な投資家で、「金持ち父さん」シリーズが世界的なベストセラーとなったロバート・キヨサキ。特許費用を節約したことから模倣品が氾濫したのも知られた話です。


オールインワンのデカ財布

 お札や小銭にクレジットカードや免許証、ポイントカード、診察券、レシート……と、財布に入れて持ち運ぶものが多くなればなるほど、オールインワンの収納力を持つ財布が重宝されるように。2010年代以降は、女性を中心に人気だった収納力抜群のラウンドファスナー型長財布が男性のあいだにも浸透し、「財布=ポケットに入れて持ち運ぶ」という意識にも変化が生まれました。

キャッシュレス時代のスタンダードに

 欧米に比べるとクレジットカードの利用が少なく、現金大国とされてきた日本ですが、QRコードを使ったスマホ決済や交通系ICカード型の電子マネーの取扱高が増え、キャッシュレス決済の比率は3割を超えたとも言われています。
 現金離れが進み、財布を持ち歩くことなく生活できるようになったものの、やっぱり財布はお守り的な存在。いざというときのための現金や、免許証や頻繁に使うカードを持ち運べるスマートなミニ財布やマネークリップが、これからの時代のスタンダードになっていきそうです。

どこへ行く時も同じ財布を使うのが“普通”だった時代から、キャッシュレス化が進み、ミニマルさが重視される今だからこそ、シーンに合わせて財布を使い分けしてみるのも楽しいかもしれませんね。

参考文献(順不同)
吉田金彦編『衣食住語源辞典』(東京堂出版)/日本銀行金融研究所 貨幣博物館(ホームページ)/三菱UFJ銀行 貨幣・浮世絵ミュージアム(同) 等

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