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カーリングの世界
vol.104

紳士淑女のスポーツ
カーリングの世界

約40メートル先の氷上に描かれたハウスと呼ばれる円の中心に向かって、ストーン(石)を投げ入れて点数を競うカーリング。平昌オリンピックで日本中の注目を集めたウインタースポーツは、緻密な戦略が必要なことから「氷上のチェス」とも呼ばれています。2022年の北京オリンピックも控えるいま、カーリングのあれこれを掘り下げてみました。

誕生は 500年以上前!

 カーリングは15〜16世紀初期のスコットランドで誕生したというのが通説です。スコットランドの中央を流れるフォース川沿いの都市スターリングの博物館には、1511年と刻まれたストーンが展示されているのだそう。
 凍った池や川の上で石を滑らせる子どもたちの遊びに大人たちも興じるようになり、ローカルなゲームから町や地域の対抗戦が開かれるまでになったカーリング。ある司教が安息日にカーリングをして厳しく非難を受けたというエピソードがあるほど、当時の人々を熱中させたようです。

ホッケー、ラクロスに並ぶ人気スポーツに

 19世紀に入るとスコットランドでグランドカレドニアン・カーリングクラブが設立され、基本的なルールが整備されました。同クラブは発足から半世紀で18,000人ものメンバーを抱え、500近い加盟クラブも生まれるほど発展し、いまでも同国の統括団体として現存しています。
 カーリングは海を越えて、ヨーロッパ各地やカナダ、アメリカにも広がり、特にカナダでは現在の公式ルールが確立されるほど盛んに競技が行われました。カナダにカーリングが渡ったのは18世紀中頃。ケベックで最初に行われ、19世紀に入るとスコットランドの連隊が同地に駐屯したことで、より頻繁に行われるようになり、1807年には北米大陸で最古のクラブ(ロイヤルモントリオール・カーリングクラブ)が設立。アメリカにもカナダを経由して、五大湖を中心に広がったそう。
 ちなみに、カナダではカーリングはアイスホッケーやラクロスと並んで国民的スポーツ。西部の大都市カルガリーには48シート(レーン)を擁し、一度に384人がプレーできる世界最大規模のカーリングリンクがあったほどなんです。

本格的な普及は1970年代後半

 カーリングが日本にやってきたのはオリンピックがきっかけだったようです。1936(昭和11)年にドイツのガルミッシュ・パルテンキルヘンで開催された冬季オリンピックに参加した選手団がストーンを持ち帰ってきて、長野県の諏訪湖や山梨県の河口湖でデモンストレーションを行ったのが、日本初のカーリングとされているそう。
 とはいえ、競技として普及し始めるのは1970年代後半から1980年代にかけてのこと。カナダ大使館の協力によって北海道池田町で講習会が開かれると、急速にその輪が広がり、1988(昭和63)年には北海道常呂町(当時。現・北見市)に国内初のカーリングリンクがオープン。天然のリンクやホッケーリンクで行われていたカーリングの競技力向上を後押ししました。同町は1990(平成2)年に小学校の体育の授業としてカーリングを取り入れ、中学、高校でも実施するなど、日本におけるカーリングの聖地として普及に大きく貢献しています。

流行語大賞にも

 1998(平成10)年の長野オリンピックで正式種目として採用されたカーリングが、日本中に広く知られる大きなきっかけとなったのは、2018(平成30)年の平昌オリンピックで銅メダルを獲得した女子日本代表の快進撃でしょう。男女通じて日本勢初のメダル獲得という快挙だけでなく、同年の流行語大賞にもなった「そだねー」という選手たちの相づちや、ハーフタイム中の栄養補給=もぐもぐタイムが大ブームとなったのは記憶に新しいところです。

最後まで目が離せないルールの妙

 もぐもぐタイムが用意されているのは、1試合が約2時間30分にも及び、1日に2試合行われることも珍しくないなど、カーリングが見た目以上にハードなスポーツだから。ここでカーリングのルールをざっとおさらいしてみましょう。   カーリングは基本的に1チーム4人(リザーブを含めると5人)で争うチーム競技です。4人はストーンを投げる順にリード、セカンド、サード、スキップと呼ばれ、1チーム8個のストーンを相手チームと1投ずつ交互に投げ、すべてのストーンを投げ終わった時点で1エンドが終了します。1エンドが終了した時点で、ハウスの中心にもっとも近いストーンを投げ入れたチームにのみ得点が入り、その得点は相手チームより中心に近いハウスの中のストーンの個数で決まります。大会によってエンド数は異なりますが、オリンピックや世界選手権、日本選手権などでは10エンドで争われ、ローカルな大会ではエンド数を少なくして行われます。
 氷上の傾斜や凹凸、観客の熱気などで刻一刻と変化する氷のコンディションを把握しながら、相手の進路を阻むガードストーンを置いたり、ストーンを押し出したりするなど、高度な戦略が必要とされることが「氷上のチェス」と呼ばれる所以(ゆえん)。ストーンをハウスの中心に寄せることができても、相手のストーンで弾き飛ばされて一気に逆転されてしまう可能性もあることから、最後まで目が離せないのが魅力でもあります。

スポーツなのに審判がいない!?

 カーリングがほかの多くのスポーツと大きく異なるところが、審判が競技にほぼ介入しないこと。競技はセルフジャッジで行われ、選手同士の信頼、リスペクトで成り立っているんです。ルールブックには「カーリング精神」と呼ばれるものが記載され、すべてのルールやジャッジを支えるものとして大切にされています。

カーリング精神

カーリングは技術と伝統のゲームです。技を尽くして決められたショットは見る喜びです。また、ゲームの神髄に通じるカーリングの古くからの伝統を見守るのはすばらしいことです。カーラーは勝つためにプレーしますが、決して相手を見くだしたりしません。真のカーラーは相手の気を散らしたり、相手がベストを尽くそうとするのを決して妨げたりしません。不当に勝つのであればむしろ負けを選びます。

カーラーは、ゲームの規則を破ったり、その伝統を決して軽視したりしません。不注意にもこれが行われていると気がついた場合、その違反を真っ先に申し出ます。

カーリングの主な目的が、プレーヤーの技術の粋を競うことである一方、ゲー ムの精神は立派なスポーツマンシップ、思いやりの気持ち、そして尊敬すべき行為を求めています。

この精神は、アイスに乗っているいないに関わらず、ゲームの規則の解釈や適用に生かされるだけでなく、全ての参加者の振舞いにも生かされるべきものです。
(「日本カーリング協会 競技規則」より)

 セルフジャッジが尊重されているため、不意に相手チームのストーンを動かしてしまった場合は、審判ではなく相手チームが石の位置を調整したり、微妙なジャッジが必要なときも基本的にはチーム同士で話し合って決められます。また、逆転ができないほどの点差がつくと、試合終了を待たずに途中でやめるコンシードを宣言しますが、こうして相手の勝ちを認めるという行為もほかのスポーツではなかなか見られないもの。勝敗は重要なものでもこだわり過ぎるのはスポーツ本来の趣旨に反するーーカーリングは紳士淑女のスポーツなんです。

知っておきたい道具の豆知識

 ストーン、ブラシ、氷上をスイスイ滑る専用シューズと、カーリングにはほかのスポーツには見られない道具が使われています。最後にそれらにまつわる豆知識をご紹介!

マイストーンはなし?

 ストーンと呼ばれる石は直径約30cm、重さ約20kgで、花崗岩系の岩石でできています。花崗岩はマグマが冷えて固まった火成岩の一種で、みかげ石とも呼ばれ、墓石にもよく使われる硬度の高いもの。
 国際大会で使われるストーンには、スコットランド西側に浮かぶ無人島、アルサクレイグ島で産出される特別な花崗岩が使われていますが、1㎢に満たない小さな島で自然環境保護の観点から、20年に一度しか採石が認められていないとても貴重なものなのだそう。
 そのため値段も1個につき10万円! 試合に必要な16個のストーンを揃えるには、単純に計算して160万円にもなりますから、ストーンは個人で所有するものではなく会場にあるものが使われています。


ブラッシングではなくスイーピング

 ストーンの進行方向をブラシで掃く姿もカーリングでおなじみの光景ですよね。ブラシは競技が屋外で行われていた頃、氷上のゴミを取り除く目的で取り入れられたもので、デッキブラシのような形状のものではなく、ほうきのような道具で掃いていた時代もあったそう。
 室内競技になった現在は、主にストーンをコントロールする目的で使われていますが、古い時代の名残で「掃く」動作を意味するスイープ、スイーピングという言葉が使われています。ちなみに、素材は柄の部分にはグラスファイバーやカーボンなど軽くて強度の高い素材、氷と接触する部分にはナイロンの素材が使われています。


ソールに仕掛けあり!

 選手たちの動きを見ていると、スケート靴を履いていないのに氷上をスイスイと滑っていきますよね。その秘密はソールの仕掛け。カーリング専用シューズには、片方のソールにテフロンやステンレスなど滑りやすい素材(スライダー)が取り付けられていて、もう片方には滑らないようにゴムの素材が使われているんです。
 右投げ(ストーンを右手で投げる)の場合は左足、左投げの場合は右足にスライダーが取り付けられたシューズを着用します。また、スイーピングをするときなど滑る必要がない場合は、スライダーにグリッパー(アンチスライダー)というゴムカバーをかぶせて、両足を滑らないようにしているんです。


みんなが持っているあるものとは?

 カーリングの選手みんなが持っているものといえばストップウォッチ。厳密なタイムを競う競技ではありませんから意外に思われるかもしれませんが、ストーンが一定距離を通過する時間を計測してストーンの到達位置を予測したり、氷の状態を把握したりするために欠かせないものなんです。一般的なストップウォッチも使われていますが、ブラシに取り付けられるカーリング専用のものも販売されています。

カーリングは年齢を問わず楽しめるスポーツ。2021年2月に開催された日本選手権では、弱冠11歳の小学生が男子としては大会最年少で出場し、40代のチームメイトたちと全国デビューを果たしたことが話題になりました。トリノオリンピックではカナダ代表のメンバーが50歳で金メダルを獲得したこともあるほど。何か新しいことに挑戦したいという方は候補に入れてみてはいかがでしょう?

参考文献(順不同)
高橋幸一・野々宮徹 編『雪と氷のスポーツ百科』(大修館書店)/深山雪男 まんが、市川美余 監修、日本カーリング協会 協力『まんがでわかる カーリングの見方!!』(小学館)/日本カーリング協会(ホームページ)/読売新聞(同) 等

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